……だが。
“小松家……?そんな流派は存在しない”
そして何度も、地面に膝をついて、目元を拭って。
大声で
情けないくらい
泣いた
どの時代であっても、“男は泣くな”と言うだろう。
“男らしくあれ、男は強いものだから”と言うだろう。
……だが、俺は。
この感情を、大声で泣きわめくことでしか、表現出来なかった。
会いたくて会いたくて、仕方がなくて。
それなのに、芳乃は現れない……。
あの笑顔をまた見たいのに、見れない。
“芳乃が消えた”
そんな現実を、受け止めたくなくて。
“あんな過去は存在しなかった”
“小松家の消滅”
小松家の存在を知っている者は、俺以外にいなかった。
あぁ……これはきっと、両親達の都合のいい演技だ。
そう自分に言い聞かせた俺は、山崎家を継がない事に決めた。
ただ日本一になるのを目的に、人を殺す忍。
父上や母上のような忍。
そんなものにはなりたくない。
その代わり、芳乃を守る為に強くなる、と。
──“守る忍”になると。
芳乃は、消えてなんかない。
必ずどこかで生きている。
小松家と共に生きている。
……だから、いつか必ずあいつに会えるはずだ。
だったら俺は
芳乃を守れるのなら
どんなに手が汚れても構わない。
日本一を目的とするのではなく、芳乃を守ることが目的となるのなら、俺は、例え人を殺しても構わない。
芳乃が消えた前日の夜。
満月は煌々と光を放っていた。
あぁ、そうだ。俺は。
満月の次の日、少し欠けていたとしても、芳乃と一緒に見たくて、あの日も芳乃の家に行ったんだ。
だが、その日は。
俺にとって、悲しくて辛すぎる日になった──。
第一章
-変えられぬ宿命-
──
───
────
ザァッと風が吹いたのを合図に、はっとして前を向いた。
かなり久しぶりに来た京の風景が広がっている。
あぁ……まだ、昼か。
周りでは、カランコロンと下駄の音が鳴り響いて、たくさんの平屋が並んでいる。
賑やかだな、京は。
噂では、不逞の輩が頻繁に現れるようになった、と聞いたが……子供たちは、無邪気に走り回っている。
本当にそんなものいるのかと、疑うくらい。
……それにしても、大分長い時間、昔のことを思い出していた。
やはり京に来れば……いや、そうではなくとも、芳乃の顔が頭に浮かぶ。
今は、文久三年の末。
──芳乃が姿を消してから、十数年が経った。
山崎流は他の流派に破れた……つまり、俺の両親は死んだ。
その十数年の間に起きた、数々の出来事。
だが俺は、一度だって忘れたことはない。
芳乃のことを。
ドンッ……
と、芳乃のことばかり考えていたら、つい周りが見えなくなってしまい、誰かにぶつかった。
「ってえな!おい、お前!」
どうやら、謝っただけでは済ませられなさそうな相手だ。
目の前の男は、いかにも、噂で聞いた不逞浪士のような空気を纏っていて、既に刀の柄に手をかけている。
もう直感で、面倒だと感じた。
内心舌打ちをしながら頭を下げる。
「申し訳ありません。以後気をつけます」
だが、そんなサラッとした俺の言葉に、相手はさらに腹を立てたようだ。
「あぁ⁉謝って済むと思ってんのか、てめぇ」
やはりそう来たか。
もう、知らん……というかそこまで痛くはないだろう。
何故そんなに怒るのかが不思議だ。
こんな男に構うのが時間の無駄である。
俺は早く、雇ってもらう場所を探したいというのに、何故その邪魔をする?
本当、こいつにとっても俺にとっても無駄だ。
「どうでもいい。俺はもう謝った、それで充分だろう。というか、たかがぶつかったくらいで刀に手をかけるとは呆れた男だ」
……あぁ、いけない。
火に油を注いでしまった。
思ったことがそのまま声に出てしまったではないか。
時間の無駄なのに、その無駄を自分で増やしてどうする。
こんな俺の台詞に、この輩が肩を震わすのは必定。
内心焦ったが、そんな気の乱れはすぐに消え去っていく。
が、男はついに抜刀した。
周りからは好奇の視線……あまり見ないでほしいんだが。
その意味を込めて、軽く睨みをきかせると、傍観者たちはそそくさと俺達の横を通り過ぎていく。
そして、男に視線を戻す。
男の手まで怒りで震えていた。
だが俺には、緊張感も何もない。
ただ、さっさと働く場所を見つけ出したい……それだけだ。
全く根性がないな。
本当……無駄だ、この時間。
だから、
──ドスッ!
「ぐあっ!」
俺は無言で男の鳩尾に手刀を入れた。
軽く悲鳴を上げた男の手から、刀が滑り落ちていく。
それを拾おうとするから、刀を遠くに蹴り飛ばしてやった。
それから俺は自分の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返す。
「鈍ってるな……」
やはり、こんな生活が長く続いているからだろうか。
この、京や大阪を歩き回る生活が。
しばらくの間、特訓などしていない。
俺は軽く息をついて、男を放置し、その場から離れていった。
ようやく働く場所を探せると思い、嬉々としていた。
……が。
「き…、きさまぁぁーーっ!」
すたすたと歩く俺の後ろから、ダダダダッと聞こえてくる走る音。
またあの男か、しつこくてため息が出る。
どうして観念してくれない。
きっと刀は振り上げているだろう。
本当、しつこい男だ。
俺に構っていて何が楽しいのだろうか。
歩きながら、懐に忍ばせておいていた苦無を握りしめる。
直後、俺は振り返り、ガキィン!と金属音が響いた。
気配が分かり易すぎる、どうしてもっと足音を潜めない。
真後ろにきた瞬間はすぐに分かった。
苦無と刀を間に挟んで、睨み合う。
だが、殺すのは何だか気が引ける。
キンッと苦無を引っ込ませると、拳を握りしめて、男の顔面を思い切り殴り付けた。
男は、今度は気を失った。
やっと面倒なことが終わった……と、俺は一人息をつく。