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睦月。


この月は、やはり小松がいなくなってしまった時のことを思い出させる。


そして、その日。


小松は──また消えようとしていた。




「……帰るのか」




いつもの朝、いつもの庭。


しかしそこにいる小松の目の前には、怪しく光る刀が浮かんでいて。




「山崎……?」




俺が思わず声をかけると、小松は伸ばしていた手を止め、ぽつりとそう呟く。


一歩また一歩と近付くにつれ、その刀は輝きを増して。


──この光が、時を繋ぐ架け橋なのだと分かった。




「今までありがとう、山崎」






小松……俺達は、会ったことがあるんだ。


あの過去は……残酷な物だが、確かに俺には輝いて見えた。


そこには小松の笑顔があったから。


だが、それを見ることはもう許されない。



「本当に本当に……ありがとう」



殺したのは俺の親だから。

……好きだとは、俺の口からは言えないのか?




「またね」




小松はそう言うと、迷う素振りを全く見せずに、刀の柄の部分を握った。


幸せになってほしいから、未来に戻れ。


離れてほしくないから、ここにいてくれ。


自分でも訳が分からなくなるくらい、感情がねじれて矛盾する。






途端に、あの時の恐怖が俺に襲いかかってきた。


また、小松が消えてしまう──。




「芳乃……っ!」




この女の名を、叫んだ。


遠い昔のように。


ひょっとしたら、俺が楽しいと思っていた過去を、思い出してくれるのではないか。


あの過去を小松が知ったとしても、今までと変わらず接してくれるのではないか。


だが、そんな淡い期待は叶うはずがないのだ。


小松が消える瞬間、俺の頬を涙が伝っていた。






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小松がまた消えた。


そう、もうこの時代にいたなんて痕跡を、一つも残さずに。


だが、以前消えたときと明らかに違うこと。


それは……俺も、副長も局長も、みんなが小松のことを覚えているということだった。


この違いは何なのだろうか。


そんなことを考えても、俺達にとって小松の存在は大切な物であることは事実だった。


そして小松が再び消え、俺の想いが膨らんでいくのと比例して歴史も進んでいく。


局長が、御陵衛士の生き残りに撃たれたのだ。


もう二度と刀を握れない可能性を持つほど、重症を負った局長は、沖田さんと共に大阪城へと療養しに向かった。


そして──日本の歴史を大きく揺るがす、後に戊辰戦争と呼ばれる戦が、勃発したのだった。





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この戦争で、俺が副長から受けた命令は、情報の伝達。


だから、京と大阪を行ったり来たりしていた。


それも敵の目を盗んで。


敵がまだそこまで進軍していない今は、何とか屯所にいられるが……明日からの戦の行方は、ほとんど目に見えている。


新選組の隊士たちは、いつでも戦えるよう戦闘体勢は完璧だった。


例え寝ているときでもだ。


それは当然、俺も同じ。


だから、




「──誰だ」




気配に、気付かないわけがなかった。


俺に迫っていた誰かの腕を掴み、畳に押し倒す。


誰にも気付かれず、屯所内に入ってきたということは、相当腕の立つ者なのではないか。





それとも……いや、小松なわけがない。


あいつはもう、この時代にいないのだから。


しかし。


月明かりで照らされたその顔。


布の隙間からだが、この目はあいつしかいない。




「小松……?何故、ここに……」




いるはずのない想い人が──また俺の前に現れた。


どういうことだ……?


また、この時代に戻ってきたのか?


だったら何故?




「山崎……私、思い出したよ……」


「思い出した……?」




何を?


……いや、決まってる。


あの過去に決まってる──。






小松が今、こんなにも悲しそうな顔をしているのは、それが原因なのだろう。


だったら、今が復讐する時だ。


俺にとっては楽しかったあの思い出も、小松にとってはガラクタその物だろう。


……だが、小松はそんな俺の考えを打ち切るように、緩く首を横に振ったのだ。




「……無理だよ。復讐するって言ったけど、そんなの無理だよ……」




その台詞に、自分の耳を疑う。




「お前……っ」




何を、言ってる?


あんなに、復讐する為に必死になっていたではないか。


今、その復讐相手が目の前にいるではないか──。





知らず知らずのうちに、俺は自分の苦無を小松の手に持たせて、ぐいっとその体を起こした。




「何これ?私に、何をしろっていうの?」


「俺を殺せ。復讐を果たせ……」


「な……っ」




見開いた小松の目が俺を見据えるが、小松の手の上に自分の手を乗せ、苦無を心臓に向ける。




「山崎は、私の親を殺していないんでしょ?それなのに何で……」


「……そうだ、俺は殺していない。

だが、俺の親はもう既に死んでいる。

山崎家の者は、俺しか残っていない……俺が殺していなくても、山崎家の一人であることに変わりはない」


「だけど……無理だよっ!」


「俺が憎くないのか?俺はお前に憎まれて当然だ。……俺の親が、お前の親を殺したんだぞ?」




俺が説得するようにそう言うも、苦無が心臓を貫くことはなかった。






何度も何度も……小松は、首を横に振り続けるだけだった。




「何故、憎まないんだ……何故なんだ……っ」


「……憎めるわけないよ…」




ゴトッと低い音がし、苦無は畳の上に転がっていった。


力なく、俺の腕も下に落ちる。




「山崎……。敵とか味方とか、そんなの関係なしで、私の事どう思ってる?」




敵も味方も……関係なしに……?


……何度、思ったことだろう。


あんな過去がなければ。


小松が敵でなければ。