「……ったく、最低なのはどっちだよ」
さっきまでとは打って変わって、どこか寂しげにも見える表情で有川くんはぼそっと呟いた。
私が知っている表情の彼に少し安堵して、それから躊躇いがちに尋ねる。
「あっ、有川くん、大丈夫……?」
「……あっ、ああ。大丈夫だよ。ごめんな、変なところ見せちまって」
申し訳なさそうに笑みを浮かべられるから、返事の代わりに首を横に振った。
色々驚いたけど、別に私に対して謝る必要はないと思ったのは本当だから。
有川くんが、さっき叩かれた左の頬から手を離す。その直後、私は慌てて声を上げた。
「ち、血が……! 有川くん、怪我してるよ!」
「えっ? ……あ、ほんとだ」
有川くんは頬にもう一度触れたあと、落ち着いた表情で手のひらに付いた血を見ていた。
その反面、私の内心は全然穏やかではなかった。
女の人に叩かれて全体的に赤みを帯びた、有川くんの左の頬。
その中央辺りには斜めに伸びた赤い筋が目立っている。
どうやら女の人に叩かれた拍子に爪で引っ掛かれていたらしく、切り傷が出来ていた。
おまけにその傷は深かったのか、まだ出血している状態だ。
なかなか止まらない血を見て、私はすっかり慌てきっていた。
「て、手当て! 手当てしなくちゃ!」
「えっ、別にこれぐらいどうってことねーよ」
「良くないよ! 小さな怪我だって油断したら大変なことになっちゃうし」
「でも……って、佳乃ちゃん!?」
手当てを渋る有川くんに痺れを切らした私は、繋いだままだった手を利用して、有川くんを強引に引っ張って歩き出した。