それから約一時間。
初対面の彼と食事をする羽目に。
・・・でも、意外な事に彼との会話も食事も、
違和感も嫌悪感も感じなかった。
…彼が、蒼空に似ているせいかも。
彼の名は、白石海人(32)
歳の割に若く見られるらしい蒼空似のイケメン。
身長も180㎝と高く、スレンダーな体型だ。
職業は、建築のデザイナーだと彼は言っていた。
「今日は、ありがとう、とても楽しかったよ」
そう言って微笑んだ海人。
「…いいえ、私も気分転換が出来て楽しかったです」
そう言って微笑み返す。
「…また、会ってくれるかな?」
「・・・え」
その場限りだと思っていたので、驚き目を泳がせる。
「そんなに困った顔しないで。俺は、美緒と食事をしたいだけなんだ。
楽しい会話が出来れば、それでいい。別に君をとって食ったりしないから」
そう言って海人は笑った。
その言葉に思わずプッと吹き出す。
「…食事だけなら」
その言葉の後にハッとする。
初対面の海人に、簡単に約束なんかした自分が驚きだ。
「良かった…じゃあ、約束だよ」
そう言った海人は、名刺を私の手に握らせると、帰って行った。
「・・・・」
私はその名刺をただ見つめていた。
それからどんどん仲良くなった海人との関係。
知人から友人になり、安らげる相手になっていた。
…それでも、どうしても、時々、蒼空とかぶってしまって、
どうしていいかわからない時があった。
「…美緒」
「・・・何?」
「何時日本に帰るんだ?」
「…来年の冬には帰国予定。
いつまでも、自分の我が儘でここにはいられないから。
帰ったら、たくさん仕事が待ってる」
そう言って苦笑い。
「美緒、日本に帰らないと言う選択肢はない?」
「・・・何を突然」
私は驚き、海人を見つめた。
「恋人なんて優しい関係になりたくない。
君と一生共に過ごしたいんだ・・・・、
オレと結婚してくれないか?」
「?!」
驚きすぎた私は口に手を当てる。
・・・海人と結婚?
そんな事、考えた事もなかった。
海人はいい友人で、安らげる人、ただそれだけで。
…私の心の中には、永遠に消えない彼の存在が・・・。
「…知ってる。美緒に、想ってる相手がいる事くらい。
しかも、オレにそっくりなんだろ、その彼が」
「・・・・」
「オレを見てる美緒の瞳が、オレじゃない誰かを見てる時があるのに
気が付いてた・・・
それでもいい美緒がオレの傍にいてくれるなら、・・・
美緒はオレの原動力だから・・・・
美緒、結婚してくれ」
「ちょ、ちょっと待っ「それは賛成できません」
「「・・・・」」
突然の言葉。
私と海人は声を主を探した。
「…君は?」
声の主を探した海人は、問いかける。
「美緒さんの彼氏ですが」
そう言ってニコッと微笑んだのは、私が想ってやまない人。
「…蒼空、何で」
私はかすかに震えた声でそう呟く。
「社長の命令で、貴方を日本に連れ戻す為に来ました」
「…命令?」
「…と、言うのは建前で、僕が美緒さんを連れ戻しに来たかったので、
有給全部使ってここに来ました・・・・
美緒さんが帰ると言ってくれるまで、何日でも一緒にいますから」
そう言った蒼空の目は真剣そのもので・・・
打って変わった、今の状況が読み込めず、困惑している私。
それを見た海人は、ポツリとつぶやいた。
「…確かに、俺に似ているな」
そう言ってフッと笑みを浮かべる。
海人の言葉に、ピクリと眉を動かしたのは蒼空。
「…どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ、君がオレに似ていると言ったんだ。
彼とオレ、美緒を幸せに出来るのは、果たしてどっちかな?」
そう言った海人は、私に視線を向けた。
「それは・・・」
想い焦がれた蒼空。
安らげる一番身近にいる海人。
どちらが私を幸せにしてくれるか。
「美緒さん、僕たちの契約は、続行中です」
「・・・え?」
「美緒さんが置いて行った書類には不備があった。
だから契約は続行。…社長とよりを戻したと言うのも嘘だった。
だから貴女は僕から逃げる事は出来ない」
「・・・・」
目の前に差し出された書類には、確かに不備があった。
社長とよりが戻ったと言うのも嘘だった。
でもだからって、ここまでわざわざ来て言う言葉だろうか?
「それから、最初に交わした契約の最後の文面に
美緒さんはしっかり目を通していなかったでしょう?」
「どういう事?」
「これをよく読んでください・・・ここです」
そう言って最初に交わした契約書の最後に、
「ただし、互いを想い、好きになったその時は、
新たな契約書にサインする事」
「こんな所まで来たのは、会社の為だった…
僕が同じ立場でも、同じことをしてたかもしれません。
自分の置かれた立場が、あまりにも重すぎたら・・・
もう、僕の事は、愛してくれませんか?」
「蒼空、私は・・・」
ずっとずっと、貴方だけを想っていた。
私の心には、貴方しか入る余地はない。
「さっきから聞いていれば…
例え会社の為であっても、美緒は君から離れた。
君への想いは、それっぽっちだった…違うかな?」
「・・・・」
海人の言葉に、顔を歪ませる蒼空。
「君に、美緒を幸せにすることはできない。
美緒を幸せに出来るのは、このオレだ」
言い切った海人に、蒼空は何も言い返せない。
「・・・いじめないで」
「…美緒?」
「蒼空を苛めないで・・・
悪いのはすべて私だから・・・・」
「美緒」
「美緒さん…」
「自分の気持ちにふたをするのはたやすい事じゃなかった。
だって現に今も蒼空の事が好きだから・・・
でも、私が我が儘を言って、蒼空を苦しめるわけにはいかない。
会社を潰すわけにはいかない」
そう言った時だった。
突然の携帯の着信音。
なかなか鳴りやまないので、已むおえず出る事に。
「・・・もしもし」
『美緒、これは社長命令だ。
今すぐ蒼空とよりを戻して日本に帰ってこい・・・
美緒はもう、何も心配する事はないんだ。
美麗にはお灸をすえたから・・・・
自分の気持ちに正直になれ』
それだけ言って、電話は切れた。
色んな事が一度に起こり過ぎて、
正直頭の回転がついて行かない。
・・・でも、なんとは頭を回転させ、すべての状況を呑み込んだ。
「もう、自分の気持ちに、嘘をつかなくてもいいの?」
真っ直ぐに蒼空を見つめ、問いかける。
それを見た蒼空は優しい笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「声を大にして、蒼空を好きだって言っていいの?」
その問いかけにまた頷く。
「…傍にいてもいいの?」
最後の問いかけは、震えて声になっていないよう。
それでも蒼空はしっかり頷いてくれた。
「僕の傍に、ずっと…一生いてください」
プロポーズにも聞こえてくるようなそんな言葉だった。
嬉しくて、私はその場で泣き出してしまった。
・・・いい三十路のおばさんが、公衆の面前で泣くなんて
可笑しいかもしれない。
でもそれぐらい、嬉しかったから・・・。
【蒼空side】
今この腕の中で、世界で一番愛おしい彼女がいる。
こんなに幸せな事が、他にあるだろうか?
そう思える位、僕は幸せな気持ちで一杯だった。
・・・こうできたのは、すべて社長のおかげだった。
今から約2日前、仕事中なのにもかかわらず、突然、
社長からの呼び出しを受け、社長室に向かった。
「社長、ご用件はなんでしょうか?」
そう言って社長を見つめると、社長は、複雑な顔をしていた。
仕事で何かトラブルでも?
専務代理が、何かやらかしたのか?
そんな思いで、社長の言葉を待った。
「須藤」
「・・・はい」
「今すぐ、フランスに飛べ」
「・・・は??なぜ、フランスへ?」
意味不明な僕は、ただ社長を見つめた。
「美緒が、なぜフランスへ行ったのか、その理由が分かったからだ」
「?!」
社長の言葉に目を見開く。