「時雨が此処にいて、やっと景色になる。夜色に」


「ヤショク?」


「そうだよ」




そう言って、湊の唇が首筋に落ちてくる。

抱き締められた腕の中で、小さな声があがる。


そんなことお構いなしに、私の身体中に触れる。

その度に、波打つ水の音が私を非道く追い詰めた。




「月と海と湯気と。それが今、時雨がいる場所」




その声が、言っていた。


この景色が見たかったのだ、と。


触れられた場所の熱と、温泉の熱が混ざる。

客室露天風呂は、そこまで広いお風呂ではない。

だからこそ、逃げ場なく追い詰められていく。




「・・・湊っ・・・」




必死に湊の目線を探す。

見つけた瞳は揺れていた。

理性の欠片に、しがみつくように。




いつの間にか剥がされたバスタオルが、お風呂の端に敷かれている。

冷たすぎない温度のそれに、必死に縋る。




「夜の景色のことを夜色というんだ。夜の色に紛れる、という」


「――――――夜の、色―――――」


「時雨もそこに溶けてしまえばいいのに」




追い立てる声は、とても楽しそうに響いていた。

その声に向かって、必死に手を伸ばしていた。