「私もね、そんなこと言われるなんて思ってなかったから。思わずぽかんとしちゃったのよ」


「・・・なんだか、すいません」


「あら、シグが謝ることじゃないわ」


「・・・はい」


「それからかな。櫻井君の話に出てくる山本君のことが、気になり始めたのは」




想い出話をする水鳥さんは、どこか苦しそうで、でもとても嬉しそうだった。

湊が女の人に言い寄られるなんて日常茶飯時だったけれど。

水鳥さんみたいな人に迫られたら何かあったんじゃないか、と勘繰ってしまうほど、私は不安だった。




「安心して。私が山本君と会ったのは、もう愛想を振りまかなくなってからだから」


「え・・・」


「じゃなきゃ、そんなこと言われないわ。女性への興味を失ったはずなのに、とても満足そうに笑うのよ?おかげで、気軽に近寄ることも出来なかったわ。櫻井君以外はね」




櫻井さん以外が近づけない時期。

湊が、大学二年生の夏。

あの夏だ、と想った。

『大人の男の顔をした湊』に出逢ったあの夏だ、と。




「櫻井君に聞いたのよ。山本君ってあんな印象だったかしら?って。そしたら、櫻井君笑ってたわ」


「笑ってたんですか?」


「えぇ。山本君にも負けないくらいの、綺麗な顔で。いっそ、いじめたくなるくらいだったわ」