<ピンポン♪>
「はい」
「山田沙希さんのお宅ですよね?
わたくし袴田幸恵と申します」
インターフォン越しに、幸恵は沙希の母と初めての言葉を交わした。
「なんのご用件でしょう?」
「沙希さんのことで」
「……沙希のことは、袴田さんにお預けした時点でもう諦めましたから」
少し間をおいて、押し殺したような暗い声が返ってきた。
「……、諦めたって……、何を諦めたんですか?
多分電話で面会をお願いしても断られるかと思いまして、こうして直にお伺いさせて頂いたんです。
沙希さんの近況とか、これからのこととか、直接お母様にお会いして確認させて頂きたくて」
「全て沙希の意志に任せてありますから」
「任せているんじゃなくて、係わるのが怖いんじゃないですか?
ここでインターフォン越しに話をしても、ご近所の目もありますし、お邪魔させていただけません?
それとも何処か外のほうがよろしいかしら?
わたくしも時間を持て余している訳じゃありませんのよ。
ご在宅とわかったからには、どうしても今日、お話させて頂くまで帰りません」
幸恵は仕事で培った粘り強さで、頑として後には引かない構えを見せた。
人は時に強引さに救われることもあるのだ。
「……、わかりました」
ところが、沙希の母親はあまりにあっさり幸恵の強気に屈した。
彼女は案外この時を待ちわびていたのかもしれない。