やがて、テニスの壁打ちボードの辺りでようやく止まった郁生くんが、こちらを振り返り、


「あのさ────」


「え?」


ボードを背にしたあたしを、腕の中に閉じ込めて……


「………抱きしめちゃ、だめ?」


「………は……」


……て、………えっ!?


突然の言葉に驚いて郁生くんを見上げると───

薄暮の中あたしを見つめる瞳が、すごく切なげで、色っぽく見えてしまって、


「……あ……改めて聞かれると~~~……」


心臓が痛いくらいに早鐘を打ち、爪先から耳まで熱くなって、

そんな自分を隠したくて郁生くんの胸に額をコツンと当てた。


「トーコさん……」


「郁生くんの、ばか……わざわざ……」


「だってさ……」


郁生くんは、怖々と壊れ物にでも触れるように、

あたしを閉じ込めていた手で、今度はあたしの身体をゆっくりと引き寄せた。


遠慮がちに背中に回る腕に徐々に力がこもって、

………このまま、時が止まっちゃえばいい、とさえ願ってしまいたくなるくらい、なんともいえない幸福感に包まれる。