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賑やかな人混み。

暗い夜が、今日だけは昼間の明るささえしのぐほどの活気を見せる。

鼻腔をくすぐる食べ物のにおい。

聞こえてくる、楽しそうな声。


祭りの雰囲気は、昔から好きだ。


「葉純」


なんて。

名前で呼んだのは、俺の精一杯の覚悟の証。

手を引くのだって、本当はすごく勇気がいったし、絶対、葉純の何倍も俺の方が緊張してた。


名前を呼ぶたび、

手を握るたび、

嫌がられないかって、拒まれないかって、本当は気が気じゃなかったんだ。


だけど、葉純はまるでなんでもないように笑ってくれるから。

触れた手のひらに温もりを返してくれたから。


少しだけ、油断した。

やっぱり葉純はまだ誰のものでもないんだって、思ってしまった。





────ざわつく人混みのなか。

重なるふたりの影だけが、視界の中で妙にくっきりと浮かび上がって見える。


「……葉純?」


意を決して呼びかけた声は、自分でもわかるくらい、震えていた。