「……え、三浦?」


咄嗟には声が出なかった。

それでもようやく俺が、雫さんの向こうでこちらを見て立ちつくしている彼女の名前を呼んだ瞬間、三浦も、そして雫さんもびくりと肩を揺らした。


雫さんが反射的に後ろを振り返って、三浦と目が合った瞬間、その身体が強張る。



「っ」


キュッ、と上履きの底が床を擦った音がした。

ふわりと、目の前で綺麗な栗色の髪が揺れて。


「雫先輩……っ!?」


戸惑ったように名前を呼んだ三浦の声。

遠ざかっていく、小さな背中。



ちゃんと諦める、なんて強がっても、やっぱりまだ雫さんに残る傷は全然ふさがってなんかなくて、どんなに前を見ようとしても、目を伏せてしまうんだろう。


貴弘さんの隣にいられた、特別でいられた、幸せな時間を思い出して。

唐突に終わりを告げられた痛みを思い出して。


幸せだったはずの時間すら、きっと。

柔らかく、静かに、雫さんの深い傷を抉(えぐ)るんだろう。