「…ん。ただいま」


……変わらない、表情。

穏やかな、声。

…あの頃と、全然変わってない。


慎ちゃんはそのまま、門を開けて家のなかへ入っていく。

私はそれを、ぼうっと見つめていた。


……冷たい夜風が、頬を刺す。

懐かしい匂いをつれて、私を揺さぶる。

喉の奥が痛くなりそうで、必死に抑えた。

ベランダの手すりから、手を離す。

その場に座り込んで、私はギュッと目を閉じた。


「……慎ちゃん…」


潮風が、私をあの頃へ戻す。

海の『青』が、私を責める。


…もうすぐ、あの季節がやってくる。






『池谷くんの、大切な人になりたい』


なんて乙女なことを思った日の、翌朝。

あたしは一晩経って、冷静になっていた。