「…ん。ただいま」
……変わらない、表情。
穏やかな、声。
…あの頃と、全然変わってない。
慎ちゃんはそのまま、門を開けて家のなかへ入っていく。
私はそれを、ぼうっと見つめていた。
……冷たい夜風が、頬を刺す。
懐かしい匂いをつれて、私を揺さぶる。
喉の奥が痛くなりそうで、必死に抑えた。
ベランダの手すりから、手を離す。
その場に座り込んで、私はギュッと目を閉じた。
「……慎ちゃん…」
潮風が、私をあの頃へ戻す。
海の『青』が、私を責める。
…もうすぐ、あの季節がやってくる。
*
『池谷くんの、大切な人になりたい』
なんて乙女なことを思った日の、翌朝。
あたしは一晩経って、冷静になっていた。