「どう?優しい人でしょう、彼」
ーーカタン。
学生カバンをテーブルの上に置いて、私は静かに「そうだね」と返した。
お母さんはリビングの扉を開けながら、パチ、と部屋の電気をつける。
急に明るくなった視界に目を細めながら、私は携帯で時間を確認した。
……七時。
もう、こんな時間。
昼に学校を早退して、まさかこんなに長引くと思わなかった。
何も言わずに携帯を触る私の態度が気に障ったのか、お母さんは少し苛立った声を出した。
「…利乃。もうすぐあなたのお父さんになるかもしれないんだから、もっとよく考えなさい」
……いきなりそんなこと言われても、無理なものは無理。
ため息をつきたくなる衝動を抑えて、私は携帯をカバンにしまった。
「…わかってる」
そう曖昧に答えると、カバンを持ってリビングを出た。
電気のついていない階段を、ゆっくりとあがる。
自分の部屋へ入ると、扉をバタンと閉めた。
その場に、ずるずると崩れ落ちる。
「……疲れたなぁ………」
外の街灯の明かりがベランダから見えるだけの暗い部屋に、長いため息が落ちる。
私は目を閉じて、今日のことを思い返した。