おじさんの声が、なんだか寂しそうで。
立ち聞きなんてよくないってわかっているけど、つい、聞いてしまう。

「楽しいことだって、あったはずなのに。ひとつも覚えていないのか」

「楽しいこと?」

「……あの子が生まれた時は、かわいい、と思ったよ。まだ、あいつが、子供を産ませてくれれば身を引く、って言った言葉を鵜呑みにして、自惚れていたころだ。
誰も傷つけずに、うまくやれるような気になっていた」

「そんなわけねぇだろ。自分勝手な奴だよな、あんた」

「ああ。バカだったよ。
そのうち、あいつの部屋に行くたびに、最後は何の責任もとらないのかと責められて、嫌になった。ひどい女だと、憎んだよ」

「……最低だな。そんなの、逆恨みだろ」

「それでも、幼いあの子は、可愛かった。小さい手を俺にのばして、無邪気に笑っていた。
遊園地に連れていったとき、ソフトクリームを買ってあげたことがあった。こぼしながら、一生懸命食べるんだ。そうして、べたべたになった両手に、食べかけのソフトクリームを持って、俺に差し出すんだよ。あげる、って。
……ほんとうに、かわいかった」

ボクのこと、かわいいって、思ってくれていたんだ。
生まれた時から、嫌われていたわけじゃなかったんだ。

ボクが生まれたせいで、きっと、嫌なことがいっぱいあったんだね。
それでも、ずっと憎まれていたわけじゃなかった。

……それだけで、とっても、救われる気がするよ。