キミが泣くまで、そばにいる



「いいんだよ。うちの家族はみんな、覚悟ができてるんだから」

 アカツキのお母さんは、数日前から昏睡状態に陥っているという。

 担当の医者から、もう永くはないと、告げられた。

 平気な顔でそう言うアカツキの心を、想う。

「むしろ、ほっとしてるかも。ずっと苦しんできてたから、ようやく楽になれるのかなって」

 よどみなくしゃべる彼を、見上げる。

「どうして、アカツキは笑うの?」

 もし自分だったらと思うと、とても平気でなんていられない。

 大切な人を失うとわかったら、周囲に泣きついて、わめいて、胸に溜まった悲しみや怒りを全部発散させて、それでもきっと、感情は次から次へと溢れ出して止まらないに違いない。

 学校でも、家族の前でも笑ってるアカツキは、いったい、いつ感情を爆発させるの? 

 どこで、泣くの?




 大きな手が、ふわりと頭に触れる。

「笑いたいから……笑ってる」

 アカツキの声も表情も、教室にいるときと同じで、私は悲しかった。


 彼は、私みたいに単純じゃないのだ。

 悲しいから泣いて、嬉しいから笑うなんて、赤ん坊みたいに曇りのないまま生きていける人間ばかりじゃない。


 感情を押し殺し、心をかたく閉ざし、そうやって何かを守ってる人もいる。


 急に思い知った。


 私は何もできない。


 笑うことで強くあろうとしているアカツキは、助けなんて求めていない。


 どこからか、セミの声が聞こえはじめた。

 少しでも生きた証を残そうと、懸命に鳴いている。

 
 見上げると、青空を分かつように、細い飛行機雲がまっすぐ伸びていた。


 


 * * *



 小雨がぱらつく蒸し暑い日、アカツキは学校を休んだ。

 セイから、アカツキのお母さんが亡くなったと連絡があったのは、その日の夜だった。











▽・x・▽ ≪4!!!!





 * * *

 期末テストが終わると、土日を挟んで答案の返却期間になった。

 窓の外からはセミの重奏が聞こえてくる。

 この季節になると日差しがきつそうなアカツキの席は、ここ3日空っぽだ。

 最後に彼を見たのは土曜日。セイたちと告別式に参列したときだった。

 制服姿で遺族席に座っていたアカツキは、笑ってこそいなかったけれど、悲しそうな顔もしていなかった。

 涙も、なかった。

 ただじっと、前を向いて座っているだけだった。


「このまま夏休み突入かなぁ、アカツキくん」

 窓際の席を見て、少し寂しそうに、レミがつぶやく。

 土日が重なったこともあって、アカツキのお母さんが亡くなったことはあまり知られていない。

 私とレミとセイたちと、ごくわずかな人たちだけが、日常のかたすみでアカツキを気にかけている。



「微笑み王子がいないと、このクラスってすっごい静かなんだね」

 私の机に頬杖をついて、レミがぽつりと言う。

 いつも人だかりができていた窓側の席は今、しんとしている。

 取り巻きの女の子たちは、別のイケメンを求めてほかのクラスに遠征しているらしい。


 アカツキという黄色い花が咲いていないと、ハチも蝶も、集まってこない。

 教室から何か大切な物が抜け落ちてしまったような不安定さを、みんなも無意識に感じ取っているのか、教室内はどことなくそわついている。

 と、廊下がにわかに騒がしくなった。

「あー久しぶり!」

「どーして休んでたのぉ?」

 女の子たちの声に、私は勢いよく顔を上げる。

 取り巻きに囲まれながら、アカツキがドアをくぐって教室に入ってくるところだった。



 ここ数日、何度も連絡しようと思って、でも何を言えばいいのかわからなくて、結局、電話もメッセージも送れなかった。

 私はただずっと考えてた。

 いろんな表情を、思い出してた。

 そのアカツキが、今、教室にいる。

「ちょっと、夏風邪で」

 アカツキはいつもと同じ派手な頭をして、顔にこぼれそうなほどの笑みを浮かべていた。自分の席に向かう途中で一度、こちらを見る。

 目が合った瞬間、胸が詰まった。

「あれれ、元気だね」

 レミの声が、遠くに聞こえる。

 心臓が、痛い。

「ちょっとトイレ、行ってくるね」

「え、もう先生来るよー」

 私は廊下に出た。

 胸がズキズキして、息がうまく吸えない。トイレじゃなくて、保健室に行ったほうがいいのかも。

 教室の笑い声が、廊下にこぼれてくる。

 肺の中のものをすべてぶちまけるように、息を吐いた。

 空っぽの目で笑うアカツキを、見ていられなかった。




 放課後、いつものメンバーでお店にいるときも、アカツキは笑っていた。

「おいバカ! 人のポテト勝手に食ってんじゃねえよ」

「はぁ? 誰がバカだよくそトワ!」

「お前だよ! 数学で8点を取った1年1組の星野彗だよ!」

 小学生のような掛け合いに、アカツキは肩を震わせている。

「おい、笑ってっけど、お前は何点だったわけ?」

 トワくんに尋ねられ、アカツキは今日返却された答案用紙をカバンから取り出した。

「げ……化物かよ」

 赤丸ばかりの用紙を覗き込みながら、トワくんとセイがつぶやく。

「賭けにもなりゃしねえ」

 4人でひとつのテーブルを囲っていた。ダイチくんは例により部活で、高槻くんは弟さんの具合がよくないとかでひとりで先に帰ったあとだった。

「知紗は?」



「へ?」

 呼びかけられ、びくっ身体が跳ねる。

「数学、何点だった?」

 となりに座ったアカツキが、ストローをつまみながら私を見ている。

 穏やかそうな表情に、内心もやもやしながら、答える。

「……赤点でした」

「え、中間はよかったのに」

「ね……」

 苦笑いしかできない。

 勉強に身が入らなかったせいもあって、期末テストはほぼ全滅だ。

 アカツキだって大変だったはずなのに、彼はいつもどおり、優秀な成績を収めたらしい。

「なあトワ、賭けだけやっててもつまんねーから、罰ゲームもしようぜ」

「は? なにすんだよ罰ゲームって。金かかんのは俺、無理」

 くだらない話で盛り上がるセイとトワくんと、それを見て笑うアカツキ。

 びっくりするくらい『日常』だ。