キミが泣くまで、そばにいる



「あはは、セイはほんと朱里姉が好きだよなぁ」

「セイって実はさ、アヤカさんみたいなお色気系より、ミステリアス系美女のほうが絶対タイプだよな」

 うんうんとうなずき合うアカツキとダイチくんを無視し、セイはびしりと私に指を突き立てた。

「明日、ちゃんと来いよ!」

「明日?」

「ふん」と鼻を鳴らすと、セイは「購買行ってくる」とドスドス足音を響かせて教室を出て行った。

「アカツキ、明日って何? 振替休日だよね」

「内輪だけで体育祭の打ち上げしようって話になってるんだよ。知紗も参加ね」

「ええ……せっかくの休みなのに」

「セイもああ言ってたし。強制参加だから。わかった?」

 微笑み王子の迫力のある笑みに、思わず「はいぃ」と返事をしてしまうのだった。





 * * *

「それでぇ、どうしてレミまで行かなきゃいけないの」

 白いレースのブラウスに水玉のスカートを合わせたガーリー・レミが、ぷくっと頬を膨らませる。

 うっすらメイクしていて長い髪はつやつやで、思わず見とれてしまう。

 レミはもともと可愛いけど、私服姿だと三割増だ。いや、三割どころか、可愛さ青天井だ。

 チェックのシャツにデニムのショートパンツというラフさに加えて、寝癖隠しのため飾り気のないシリコンのゴムで無造作に髪を束ねただけの私とは、住む世界が違う。

「セイも来てほしいって言ってたし、女の子がいた方がいいってみんなも言ってたし」

 なにより私がレミにいてほしい!

 祈りを捧げるように両手を握ると、彼女はため息をついた。

「……ちーちゃんは女の子として数えられてないの?」

「え、あれ……おや?」

「ああんもう、観たいテレビがあったのにぃ」

 口を尖らすレミの腕をすかさず掴んで、私は通りを歩き出した。


 待ち合わせ場所の駅前公園には、イケメン5人がすでに集合していた。



 学校で見る以上にオーラが全開で、通行人たちがざわめいてる。中心に立っていた金髪男が私を見つけて声を張り上げた。

「おっせーぞちィ!」

「だってまだ5分前……」

 公園の時計は12時55分だ。

「バカちィ、約束があったら10分前には集合するもんだろが!」

「ええ? 早すぎない?」

「社会の常識だバカ」

「ば、バカって……」

 アカツキが「まあまあ」ととりなしてくれる。

 微笑み王子は今日、七分袖のパーカーにデニムというシンプルな格好なのに、小物がお洒落なのか、着ているものの趣味がいいのか、雑誌から飛び出してきたみたいで、うっかり見とれてしまう。

「レミちゃん私服姿も最高に可愛いね!」

「あはは星野くん笑える」

 でれでれ鼻を伸ばすセイをレミはマイペースに一蹴した。それを見て笑うトワくんとダイチくん。高槻くんはぼうっと噴水に目を向けている。

 明らかに美男美女の集まりで、私ひとりだけ場違い感がすさまじい。

 周囲からの「あなた間違ってますよ」という目線に耐えていると、セイが近くのビルを指さした。

「じゃ、一回戦と行くか」



 ・

 連れてこられたカラオケ屋で私が目の当たりにしたのは、意外な人の意外な才能だった。

 通された個室は広めで7人入っても余裕がある。

 コの字型のソファ席に、画面に近いほうからレミ、私、アカツキが座り、ドアの近くにダイチくんと高槻くん、そして私たちの対面にセイとトワくんが座った。

 音楽がかかると、トワくんが両手をメガホンにして叫ぶ。

「待ってましたレオ様!」

「レオの美声最高ォ! 抱いてくれぇー!」

「ダイチ、キモい」

 無表情のまま答え、高槻くんがマイクを持ち上げる。

 えっ――

 私はぽかんと口を開けてしまった。
 凛とした声が、びりびりと背中を駆け上がる。

 高槻くんは高音がきついと言われる男性アーティストの曲を、難なく歌いこなしていた。

「レオォォ!」

 曲に合わせ、トワくんとダイチくんが拳を突き上げる。

 普段の物静かなイメージからは想像もつかない、堂々とした歌声だった。圧倒されて、トリハダまで立つ。



「96点! さすがレオ!」

「すごーい! 高槻くんうまーい!」

 初っ端からたたき出された高得点に、レミが惜しみない笑顔と拍手を送る。

 美少女から賞賛されたら照れたりドヤ顔をしそうなものだけど、高槻くんの表情はまったく変わらない。

 ふうと小さく息をつき、ソファに腰を落とした。レミには目もくれず、ストローに口をつける。

 さすが青春ファンタジーだ。彼はきっと生身の女子には興味がないのだ。

「いいか、俺とちィの勝負だからな。他のやつの点数は関係ねえ!」

 セイが不機嫌そうに私にマイクを突きつけると、ダイチくんが財布を取り出した。

「じゃあ、知紗ちゃんに百円賭けようかな」

「俺も」とアカツキがにこにこしながら財布を開く。

「知紗に。千円」

「おお、さっすがご主人様! じゃ俺もチーコに千円いっとこ」

 テーブルの上に投げ出される千円札を見て、私はマイクを握り締める。

「わ、私、別に歌うまくないんだけど……」



「賭けにならないんじゃん?」

 ボソッと高槻くんが言って、百円玉をテーブルに置く。

「俺も真辺さん」

 びっくりした。高槻くんに名前を呼ばれるのは初めてだ。
 知っててくれたんだと、ちょっと感激してしまう。

「オイなんだてめーら! みんなしてちィに賭けやがって……」

 そこで一同の視線がひとりに注がれた。私のとなりで、美少女がきょとんと目をまたたく。

「え、私?」

「レミちゃんは、もちろん俺だよね?」

 疑いの余地はないという顔で親指を立てるセイに、レミは満面の笑みを返す。

「じゃ、ちーちゃんに五百円」

「んががが」

「やっぱ賭けになんねーかぁ」

 トワくんが千円を回収しようとしたところに、勢いよく五千円札が叩きつけられた。セイが怒りの形相で叫ぶ。

「俺だ! 俺が俺に賭ける!」

「なんだよ、そのセリフ」

 ダイチくんが吹き出し、トワくんも八重歯をのぞかせる。

「ぎゃはは! セイかっけー!」

 大笑いしていた彼は、イントロが流れ出すと「おっと」と立ち上がった。



「俺の曲だ」

 聞き覚えのある旋律に、私は思わず叫ぶ。

「あ、この曲!」

「ん? チーコもインフォ知ってんの?」

 私はこくこくとうなずいた。

【インフィニティー・フォーカス】は、まだそんなに知名度はないけれど、聞き手の魂を揺さぶるようなサウンドを生み出すロックバンドだ。

 しかもトワくんが入れたこの曲は、デビューアルバムの初回限定版に収録されているファンにはたまらない神曲ではないか!

「すっごい好き! インディーズのころから知ってるもん!」

「よし、マイク持て!」

 思いがけない趣味の一致に、マイクを握る手に力が入った。
 ぽかんとしているメンバーを尻目に、ふたりで熱唱する。

「チーコ、やるじゃねーか」

「このバンドの曲、私の音域で歌いやすいんだよね。男の人にしては高音なのに、トワくんよく出るね」

「伊達にファンやってねーよ」

 ふたりのデュエットは91点というなかなかの高得点を記録した。セイが「ちっ」と舌を鳴らす。



「トワの音程に助けられたな、ちィ」

「ふーんだ。楽しく歌ってるんだからいいんだもん」

「そうだぞセイ! インフォは最高だ!」

 ちなみに私は単独で歌うと85点から90点のあいだといった感じだ。

 レミはみんなの歌を楽しそうに聴いてるけど、マイクは頑として握らない。

 抜群に上手いのはやっぱり高槻くんで、最高得点98点。友達とのカラオケでそんな点数を見たのははじめてだった。

 次にうまいのはトワくんだ。彼の選曲はことごとく私のツボをついていて、何気に趣味が合いそうだ。

 ダイチくんはみんなで盛り上がれる曲を主に選び、不意打ちで演歌を歌っては笑いを誘っていた。
 空いてるグラスがあれば飲み放題のジュースを持ってきてくれるし、気配りが半端ない。

 アカツキは基本的に途中で笑っちゃって最後まで歌えない人だ。ダイチくんと一緒に歌うか聴き手に回るほうが多い。

 そしてセイは……。




「自己陶酔タイプ」

 私の横でレモネードを飲みながら、アカツキがつぶやく。

「自分の声しか聞いてないから、曲と合ってないんだよな」

 アカツキの分析に、なるほど、とうなずいた。

 肘を上げ、姿勢を低くして、マイクに口をくっつける勢いで歌っているセイ。音程は悪くなさそうなのに、少しずつ声と曲がずれていく。

 そして出た数字は64点だった。

「なんでだよ! この機械ぶっこわれてんじゃねーの!」

 マイクを投げつけようとするセイをすかさずトワくんが止める。

「壊れてねーし、落ち着けって」

 どうやらいつものことらしい。なるほど、これでは賭けにならないわけだ。

「カラオケで勝負しようなんて、よく言い出したもんだ……」

 思わずつぶやくと、セイが「なんだと!」と振り向いた。

「ちィこの野郎! 次は負けねえ!」

「次って……何回歌っても同じだと思うんだけど……」

「うっせえ! 2回戦だ!」