地方予選の優勝決定戦は最終回を迎えいた。

九回の裏、二死満塁。

秀樹は自信を失いかけていた。
地方の投手の中で最強だと言われていた秀樹。
それはツーシームがあったからだった。
それがいとも簡単に打たれたのだ。
秀樹は研究され尽くしていた。
それは、目立ちたがり屋の盲点だった。
秀樹は自分の投球に自信を持ち過ぎていたのだった。

がっくり肩を落とした秀樹には、余裕の表情も消え失せていた。


勝つにはホームランしか有り得なかった。


一打逆転。
願ってもないのチャンスだった。


そして、バッターはキャプテン直樹。
秀樹は祈るような思いで直樹を見入っていた。




 直樹は今まで兄である秀樹に振り回されてきた。

野球を始めたのも秀樹の強引の誘いがあったからだ。

本当はサッカーがやりたかった。

ドリブル・リフティング。
一人でも成長出来るスポーツだったから。

でも秀樹はボールを受けるためだけの直樹を離さなかった。

少年野球団の中で、目立ちたがり屋の秀樹がもっと目立つために。

辛かった。
自分の意見など聞く耳さえ持たない秀樹の傲慢さに嫌気もさしていた。


嫌々で遣っている態度を秀樹に咎められた時はもう辞めてやるとさえ思った。

そんな時に自分を変える出来事があった。

それはある少女との出逢いがもたらせてくれたものだった。


それは秀樹が勝手に少年野球団へ直樹を入れた頃だった。

小さい時からキャッチボールの相手をさせていた直樹を秀樹は放したくなかったのだ。




 それは五月の最終日曜日にゴミゼロ運動に参加していた時だった。

地域での交流を大切にしていた珠希夫婦は、三つ子と共にそれに参加していた。

ゴミゼロとは普通五月三十日に行われる地域の掃除だった。


病院の横の道で、少し赤みを帯びた髪をそよ風になびかせながら佇む少女がいた。


「何見てるの?」
直樹は気さくに声を掛けた。

すると少女は小さな花を指差した。


「この花、忍冬って言うんだって」


「スイカズラ?」


「うん。忍ぶと冬書くんだって」


直樹は何故かその花に興味を持った。
そっと近付くと甘い匂いがした。


「あれっ、この花二つで一つだ」
直樹は思わず呟いた。