直樹と秀樹は美紀からパワーを貰いたかったのだ。

大がどんなに地団駄を踏んでも手に入れることの出来ない兄弟と言う名の特権で。


今日は地区予選最終日。

これに勝てば、いよいよ甲子園の舞台。

秀樹と直樹の夢が後一歩に近付いていた。


「こらー! お前ら!」

台所を覗いた正樹の渇が飛ぶ。


正樹に首根っこを抑えられ、二人はあえなく退場させられた。


「あれー、お助けを」
秀樹が美紀に救いを求める。


「問答無用」
正樹の豪腕に、呆気ない幕切れだった。


「お前らー、まだ美紀はお前らのお母さんじゃないんだぞ」

言ってしまってから正樹は重大発言に気付いて戸惑っていた。


でも、美紀はそんなありふれた日常に幸せを感じていた。

直樹も秀樹もその発言を気にしてないようだった。

正樹はホッと胸をなで下ろした。


珠希のお弁当作りの邪魔をする。

そう……
これが長尾家のイベント風景だった。


美紀はこの家に貰われて来たことを、心の底から感謝していた。


お調子者の秀樹に何度励まされたことか?


優しい直樹に何度救われたことか?


美紀はこの素晴らしい家族の一員になれた幸せに酔っていた。




 秀樹の豪速球は地元の話題になっていた。
全国区の新聞記事にも取り上げられる程だった。

でもそれには別の意図もあった。


――元プロレスラー・平成の小影虎の息子――

タイトルは全てそれだった。


秀樹も直樹も正樹とは違い長身で格好いい。
当然ファンも増大する。

勿論、正樹ファンも見逃さなかった。

そう……
沙耶にお見合いを頼んだ人のように、正樹ファンも虎視眈々とチャンスを狙っていたのだった。


一躍人気者となった秀樹と直樹。

でも二人は、美紀一辺倒だった。
他の人には目もくれないで、真っ直ぐに美紀だけを見つめ続けていた。


二人の親友と位置付けられた大も同じだった。

一分の望みをかけて三者三様の恋愛バトルを繰り返していた。


休戦協定は守られてはいた。
それでも、自分の存在をアピールしたかった。

その全てが、次の一戦にかかっていたのだ。