「何だパパか」
美紀は正樹の気配に気付きながらも、当てが外れたらしくふてくされるように言った。


「何とは何だよ」

格好が付かないのか、顔を膨らませる正樹。

気まずかった。
娘に見とれる親父の姿を見透かされたかと思った。

正樹はまだ動揺していたのだった。




 「違うの。兄貴達今日から朝練三十分早いんだって。今年こそ、甲子園を目指そうって。それなのに」

美紀の話が終わるか終わらないかのうちに、正樹は勢い良く二階に駆け上がっていた。


其処にいることが何となく照れくさかった。

だから正樹は逃げ出したのだった。

正樹はドギマギしていた。

その感情が何なのかは解らない。

でも確実に、美紀を女性として見ていた。

正樹はそれに気付いて焦ったのたのだった。


階段の右。和室の上の北と西の角部屋では、正樹と珠希の長男・秀樹と次男・直樹が二段ベッドで眠っている。


正樹はその部屋の前で呼吸を整えていた。

子供達にあくせくした姿を見せたくなかった。

血の繋がりはなくても美紀は可愛い娘だったのだ。

まさかのトキメキに我を忘れていた正樹。

何とかして親父の顔を取り戻すためだった。


子供部屋に入った途端、直樹と目が合った。


「今日から朝練三十分早いんだろ?」
正樹は直樹を促した。

直樹はハッとして目覚まし時計の上部ボタンを押し、急いで二段ベッドのハシゴから降りた。
下のベッドで手すりから零れんばかりに、大の字になって寝ている秀樹を起こそうとした。
正樹はそれを止めて、直樹を部屋から追い出した。




 「コリャー!! 何時まで寝てる!!」

正樹は気持ち良さそうに眠っている秀樹の布団を一気にはいだ。

悪戯好きの正樹は、平成の小影虎の異名を持つ元プロレスラーだった。

何故そのようなニックネームになったかと言うと、苗字が長尾だったからだ。

オーナーが、上杉謙信のような大物になれと言って、名付けてくれたのだった。

正樹は体は小さいが、パワーはダントツだったのだ。


そんな正樹に叩き起こされたら、幾ら寝坊助の秀樹もひとたまりもなかった。

実はコレがやりたくてワザと先に直樹を追い出したのだった。
正樹はそんな少年の心を持ったまま大人になったような人だった。