車の中には正樹との沙耶がいた。


「そこを何とか。彼女はあなたの大ファンで」
沙耶の声が漏れてくる。

秀樹は悪いと思いながら聞き耳を立てた。


「だから、その話はお断わりして下さいとお願いした筈です。私はまだ再婚する気は」
正樹は困り果てていた。


「姉が亡くなってもう五年になるのよ。いつまでも忘れないでいてくれるのは嬉しいんだけど」




 (――ん? もしかしたらお見合いか?)

秀樹は聞き耳を立てながら勘ぐった。


「あいつには苦労ばかりかけて」
正樹は俯いた。


「そうよね、お姉さんったらお義兄さんのことばかり考えていたもんね。鬼門の玄関だから購入を諦めほしかったのに……」

沙耶は泣いていた。


「あの家が姉の命を奪ったと私は思っているのよ」


「だから対処法の白い花と盛り塩を珠希は欠せなかったのに……」

正樹のその言葉を聞いて秀樹は玄関にある白い花を思い出していた。


(――あ、だからか?

――だから美紀は何時も早起きをして白い花を飾っていたのか?)

秀樹はその時、美紀に背負わされた十字架の重さを知った。

何も知らず、得意になっていた。
ママのラケットを遺せたことを自慢に思っていた。

秀樹は美紀を母親代わりとしか見ていなかった自分に気付いたのだった。




 「でもどうして姉が運転していたの?」

その言葉に正樹はドキンとした。

そう、あの頃は殆ど正樹が運転していたのだった。

言えなかった。
言えるはずがなかった。

珠希はソフトテニスのラケットを自分の好意としている店で購入するために自分で運転していたのだった。


美紀の心を守るために秀樹とついた嘘。

沙耶を前にして、言えるはずがなかったのだ。


それは聞き耳を立てている秀樹も同じだった。

美紀にはもうこれ以上の苦労はさせなくないと思い初めていたのだった。


(――でも……
――一体、どうしたらいい?

――うーん。美紀の料理は美味しいからそのまま作ってもらって…

――あれっ、結局何も変わらないか?)
秀樹は優柔不断な自分に気付き頭を掻いた。