何故珠希が正樹との結婚に拘ったのか?
それは妹、沙耶が大反対したからだった。

所謂意地だった。

でもそれ以上に、正樹を愛していた。

自己犠牲も問わないほどに、正樹に恋していたのだった。


沙耶は不思議だった。
何故それほどまでに正樹を思えるのかが判らなかったのだ。


小さい時から珠希の背中を見て来た。
沙耶も軟式テニスの選手だったのだ。


あのインターハイの予選会場には沙耶もいたのだ。

そして、珠希と正樹の出逢いの場にも立ち会ってしまっていたのだった。


いや本当は、沙耶が二人のキューピッド役になってしまっていたのだった。




 『私はイヤよ。同じ歳の人をお義兄さんなんて呼べない!!』

沙耶が大反対する姿を見て両親も意見を唱えた。

年下ので、しかもプロレスラーになりたいと願う男性に愛娘を嫁がせる訳にはいかなかったのだ。


ただがむしゃらに反対した訳ではない。
娘の一生が正樹によって奪われる。
そう判断したからだった。

今現在プロレスラーなら解る。
苦しくても、何とかお互いの力だけで生活して行けるだろう。

でも、正樹は違う。
其処までなるためには時間が幾らかかるかさえも判らない。

所帯を持ったところで先の全く見えない、未知の領域だったのだ。


沙耶の言い分を真に受けた訳でもないのだ。


沙耶は姉より年下の男性を義兄とは呼びたくないと言っていたのだった。

確かにそれも気になる。
でも両親はもっと深いところを心配していたのだった。



 「ただいま」

リビングに声を掛け、何時ものように玄関を清めた後仏間に入る。


「ママただいま」

美紀は二人の母に声を掛けてから、結城智恵の日記の入っている引き出しにを開け線香を取り出した。


観音開きの仏壇には珠希の写真と、結城智恵と真吾のツーショット写真。

それは元施設長が、日記と共に美紀に託したものだった。

美紀はあの日沙耶と語り合った出来事を思い出しながら合掌した。