「あれ、凌先輩は?」

「あー今日なんか遅れてくるって」



その日、
部室には先輩の姿はなくて
健二先輩から理由を聞いた私は、
ひとり隅で練習していた。


「ゆーいちゃん?」


陽気な声と同時に、
見ていた楽譜に影ができた。
顔を上げると、そこには
私が好きな笑顔ランキングで
上位に入るほど
嬉しそうに笑う人。


「えっと...遥先輩?」

「そう!覚えてくれたんだ」


もう一人のギター担当・遥先輩。
黒い外ハネの髪が印象的な人で
自己紹介のとき隣にいたんだ。


「男の人で“はるか”って珍しいですから」

「俺は嫌だけどー女々しくて」

「あたしは好きですよ、凛としてて」


私がそう言うと、
膨らませていた頬を解いて、
嬉しそうに笑ってくれた。

子供みたいな無邪気な笑顔が、
私の好きな顔である。


「今日は練習俺が見るから」

「はい」

「凌より分かりやすーく教えてあげちゃう」


楽譜を眺めながら、悪戯な笑顔を見せる。

私はそれに、
「はい」と答えた。