暗闇に慣れた目を細めて眩しい画面を読んだ彼は、短い文章を素早く返信してスマホを置いた。
「瑞希からだった。
『取り込み中失礼。バケツ設置しといたから、続けていーよ』だって」
「………」
バレてる……
また私の声が、廊下に響いていたのだろうか……
いつもいつも瑞希君に申し訳ないと思うけど、
これに関して、自分の意思ではどうにもならない。
半分意識が飛んでる様なものだし……
「続けるよ…」
流星の艶のある声が耳に響き、再びリズムを刻み始めた。
それに合わせて紫水晶の指輪も、私の胸元で弾んで揺れる。
夜色に染まったいつもより濃い紫色に見える指輪。
流星は恍惚(コウコツ)とした表情を浮かべながらそれを見つめ、私の中で動き続けていた。
しかし私の意識だけは雨音から離れられず、どんどん彼から遠ざかる。
ザーザーと遠くの地表を叩く雨音は、幾重にも音階が重なった複雑な音。
柏寮にぶつかる雨粒は、パラパラと甲高い音で窓ガラスを叩き、
バラバラと重たい音で屋根や外壁を打ち付ける。
こうやって耳を澄ますと、雨の音って随分と複雑……
「紫…?もしかして、感じなくなっちゃった?」
「あ……えーと……」
「雨に邪魔されたな……
もう一回集中できる?と言うより俺に集中して?」
「うん…」
彼の荒い呼吸と触れる唇、それから繋がる体にだけ意識を向けようと努力したが、
一度気になった雨音は、中々意識の外に出て行ってくれない。
真夜中に降り出した冷たい秋雨は、益々勢いづいて強い風と共に唸りを上げる。
雨なんて珍しくないのに、今日は何故かその音が耳につく。
パラパラ……バラバラ……
ザーザー…ザーザー…ザーザー…ザーザー………
その雨音と……
『今を大切に生きたい…』
そう言った流星の言葉が、いつまでも心の中に降り続ける……
今を大切に…
じゃあ未来は…?
2人で生きる未来も同じ様に大切でしょ?
そう言おうとして…言葉が出てこない。
口から洩れるのは、体の反応に呼応した、甘い吐息だけ……
淋しさにも似た感傷的な気持ちが込み上げ、流星の背中に腕を回して縋り付いた。