「これはサンクトペテルブルクのエカテリーナ宮殿。
ロココ様式の装飾性の高い建物」
人の出入りはあるものの、この空間にいる人間は、俺達を含めて常に10人前後。
日曜日の賑わうデパート内で、ここが一番空いている事だろう。
「どこの国の写真かしら?」
「そうねぇ…東ヨーロッパかロシアか…どこでしょうね?
解説文を付けて頂きたいわ」
俺達の横にいる上品な身なりの中年女性2人が、そんな会話をしているのが聞こえてくる。
この写真展のタイトルを
『ロシア旅紀行』にした方が、分かり易くていいのではないか?
これらの観光地は、自由の女神や万里の長城程、日本人に馴染みの観光地ではないんだ。
フラッと立ち寄った人も、どこの国の写真なのか理解できずにここを出て、
『全国うまいもん市』の人波に揉まれている内に、
写真展の事は綺麗さっぱり忘れてしまう事だろう。
観光地と観光客の写真が5枚続いた。
それらは俺達に疑問だけを与え、何の感慨も湧かず、
やはりハズレだったな…と落胆したが、
その後に続く写真達は、驚くことに…俺の心を静かに…確実に震わせた。
6枚目の写真からは観光地と観光客ではなく、
ロシアの庶民の日常を写した写真に変わった。
庶民で賑わう市場や街角の床屋や…酒場や骨董市…
オープンカフェでコーヒーを飲みながら談笑する人々に、
古びた小さな教会で祈りを捧げる人々……
ロシアの庶民生活を納めたモノクロ写真には、強く惹かれる自分がいて…驚いた。
何だろうこの感じは……
何故か懐かしさを感じる。
もしかしたら前世はロシア人か…?
なんて考えてしまう程の奇妙な懐かしさ。
「奇妙な」と言ったのは、これらの写真その物に見覚えがある訳じゃなく
この写真の風景の、時を遡(サカノボ)った過去に見覚えがある様な…
そんな不思議な既視感に襲われていた。
人々の着ている服装や町の様子から、現代ロシアであるのは確かなのに、
白黒だからか…どこか古めかしさを感じてしまう。
近代化した現代ロシアの日常風景を見ながら、
ソビエト連邦以前の、ロマノフ朝時代のロシアの風景を頭に描いてしまう。
なぜ…と数秒考え、すぐに答えは見つかった。