白いうなじを掠めるその毛先が、今日は妙に艶めかしい。
魅惑的な光景…
しかし、それを見て気分を良くしているのは、俺だけじゃなく……
視線を感じる方に目を遣る。
紫の隣に座る大学生風の男が、手元のスマホを弄る振りをしながら、
紫の横顔に、首に、胸元に、チラチラ視線を動かしていた。
「ん゙っ」
小さく咳ばらいをして、そいつの靴に爪先をぶつけた。
静かに睨み付ける俺と、そいつの視線が合う。
しかし瞬時に目を逸らし、素知らぬ振りをしやがるから、
もう一度、今度は大きめに咳払いして、爪先を踏みつけてやった。
それに対しては
「何すんだよ」と言いたげに睨み返して来る。
その視線に、この上なく冷酷で鋭利な視線をぶつけてやると、
そいつは席を立ち、逃げる様に別の車両に移って行った。
やっぱりこんな格好で外出するのは考え物だ。
着飾るなら、柏寮の俺の部屋の中だけにしてくれ。
二駅先で降りるが、また隣に男が座るといけないので、空いた席に座る。
「流星、喉痛いの?
まさか…風邪引いちゃった?
大変!遊んでいる場合じゃ…」
俺の咳ばらい…もとい男払いを、風邪の症状と誤解した彼女が慌てる。
「風邪じゃないよ、空気が乾燥してる気がして。
大丈夫だから心配しないで」
「そっか、良かった。
飴持ってきてるよ、食べる?」
相変わらず鈍いよな…
彼女からレモン味の飴を受け取り、そう思う。
隣に座っていた男のエロい視線も、わざとらしい俺の咳払いの意味も、まるで分かっていない。
再会したばかりの時に比べれば、幾分気づき易くなったとは言え、
まだまだ鈍感の域から抜け出せない。
ほら…飴を口に放り込んで笑い掛ければ、
彼女は何も感づかず、屈託ない笑顔を返してくれる。
鈍くて良かった…
今はまだ、言う気になれないから……
彼女の強さを信じているなら、いつ打ち明けたっていい筈なのに……
言えないのは何故かな……