「ダメダメーー!!
大ちゃん、何しようとしてんのさ!
この髪に40分も掛けたのに、解いたら絶交だよ!
ほら、僕の作品に触らない、手を離して。
欲情してないで早く出掛けてよ。
それで、僕の技術力と努力の成果を、町中の皆にお披露目しておいで。
イチャつくのは帰ってからだよ?」
「じゃあ…今はキスだけにして…」
「それもダメ!
リップグロスが取れるから!
高いヤツなんだよ。
僕が少しずつ大事に使ってるのを塗ってあげたんだから、帰ってくるまでもたせてよね。
キスも禁止!」
「厳しいな…」
思う様に触れない…
着飾った紫も魅力的だが、触れないなら、普段の紫の方が良かったな……
2人に言えないそんな考えを頭の隅に置き、10時半過ぎにやっと柏寮を出発した。
服装に合わせ、少しヒールのあるパンプスを履いている紫は、いつもにも増して歩き難そうだった。
「タクシーで行こうか」と提案したが、
電車で行くと言って聞かない。
「こういうのも慣れないと。
いずれは一人で人混みやエスカレーターや、電車の乗り降りも熟(コナ)せるようになりたいもの。
いつまでも流星に頼ってばかりじゃいられないよ。
もっと練習しないと」
力強い眼差しで俺を見上げて微笑んだ後は、
足元を見ながら、麻痺の残る右足を一生懸命に前に進める。
相変わらず紫は人に頼るのが苦手で、前向きで、そして強い。
ほら…な。
紫なら大丈夫なんだ。
彼女ならきっと…
俺がいつまでも傍にいる訳じゃないと知っても…
強く前を向き、笑ってくれるはず。
彼女なら「怖い」なんて言わない。
「嫌だ」なんて泣いたりしない。
紫はラベンダーの様に強いから…大丈夫なんだ。
だから俺は安心して、彼女の傍で生きて行ける。
最期の瞬間が訪れるまで、紫と一緒に時を重ねて行ける。
紫を電車のシートの端に座らせ、俺は吊り革に掴まり立っていた。
心地好い電車の揺れを感じながら、ぼんやりと彼女を見下ろす。
ガタタン---ガタタン---
ガタタン---ガタタン---
電車の揺れに合わせて揺れる、紫の髪。