吐き気が込み上げ、嘔吐してしまう。
激しい頭痛は益々酷くなり、体が痙攣(ケイレン)し始めた。
やがて真っ赤に見えていた視界が暗くなり、何も見えなくなる。
体の感覚がどんどん奪われていき、吐き気や痛みすら感じなくなった。
さっきまで聴こえていた私の名を呼ぶ流星の悲痛な叫びも、
もう聴こえない……
私…
このまま死ぬのかな…
良く聞くのは、死の間際に、それまでの人生が走馬灯の様に流れるという話し。
だけど、完全な無が訪れる前の薄れ行く意識の中、
私が考えていたのは別の事だった。
流星が心臓移植の話しを打ち明けてくれた日から、考え続けていた事があった。
顔も名前も知らない誰かの善意のお陰で、流星は今こうして生き続ける事が出来ている。
受け取った善意の心臓について悩み苦しんだ時期もあったけど、
今は受け入れて、溢れる程の感謝と喜びを感じ生きている。
感謝と喜び…それは私も同じ気持ち。
愛する人と再び巡り逢えた事は、心臓を提供してくれたドナーのお陰に他ならい。
私も流星に負けないくらい、その人に感謝している。
だから…自分がいつか死ぬ時には、私も誰かに善意を届けたいと思っていた。
流星に逢えたお礼の気持ちを、何かで表したかった。
そう考え市役所から貰ってきた臓器提供意思表示カード(ドナーカード)には、全ての臓器の提供の意思を記入していた。
そしてそのドナーカードは今、柏寮の自室の引き出しで静かに眠っている……
「しまった」と思っていた。
ドナーカードを持っている事を、まだ誰にも伝えていなかったから。
私だけが有り場所を知っていても意味がないんだ……
こうなる前に、誰かに伝えておけば良かった…
でもこれは、『もしも』の話しであり、出来ればまだ生きていたい。
私がここで死んでしまったら、大樹はどうなってしまうことか……
私の死を自分のせいだと、考えるかも知れない。