「ごめん。
抱き締めたりなんかして…。
ごはん、食べ行ってくる。」

そう言って薫様は、
少しの間私を抱き締めていた腕を
ほどきリビングの方へ
歩き出しました。


その後ろ姿が
いつになく寂しそうで、悲しそうで…。



私は、そのまま薫様を
放っておくことはできず
薫様の後を追って私もリビングへ
行くことにしました。











テーブルの椅子に座って
夕食を食べている薫様と向かい合わせの場所に座り、私は薫様が夕食を
食べ終わるのを待っていました。

何か文句を言われるのではないかと
考えましたが、
薫様は何にも言わず
ただ黙々と口を動かして食べていました。










しばらくし、夕食を食べ終わった薫様。

沈黙が続き
とても気まずい雰囲気だったので、
私から何か話さなきゃ…
そう思い口から出たことは…


「か、薫様は櫻華学園で
働いてらっしゃったんですね。」


…なんだか、
自分で首を締めている感じが。
学園のことはあまり話したくないのに…



「…うん。」

返事は短くそれだけでした。

それでもきっと、いつもなら
だから何?
だとか、
なんか文句あるの?
…とか返ってくるでしょうに。

今日は本当に薫様
どうなさったんでしょう……。





…………………………。

……………。






と、またまた沈黙が続き…。
とても気まずいのですが…。


でも、どちらもリビングを
出ようとしません。

そのことがなんだか可笑しくて。

「ふふっ。」

思わず私は笑みをこぼして
しまいました。

それには、さすがに
反応した薫様。

「…どうした?」

それもいつもと違い柔らかく。

「いや、二人とも話さないのに
ずっと座ってるなんて
なんだか可笑しいなって。」

そう言ったら…










「ふはっ。」









薫様も小さく笑みをこぼして…。





…初めて見ました。

薫様が笑うところ。


…いや、初めてじゃないです。

私は確か、初めて
お父様、お母様、薫様と
対面した時
私の方を見て薫様が微笑んでいるのを
見ています。

…あの時私の視界は
ぼやけていましたが…。

でも、今
薫様の微笑みを見た今
私は確信しました。

あの時薫様は確実に微笑んでいた、と。

おんなじ、
素敵な微笑み。









「薫様は笑っている方が
素敵です。」



「…そんなことない…。」



恥ずかしくなったのか、
頬をほんのり染め少し俯いた薫様。












そうやって
いつでも微笑んでいてくださいよ、
薫様。


初めて会ったあの時のように、

今見せた笑顔のように。





でも、教室で見せた
作ったような笑顔だけは
見せないでください。

…薫様。