視力だけでなく、聴力も良かったとは、感心を通り越して、なんだ?感動?

歩道橋の上からは、再び背を向けて早足に歩き出す萌の姿が見えた。
遅いって、なんだっていうんだ。
モヤモヤしたまま、階段を一段飛ばしでかけ降り、後を追う。

女の考えてることって、難しい。
数学の公式なんかよりずっと理解不能だ。
羽柴だったら、簡単に分かってしまうんだろうか。
ああ、もうあいつのことは関係ないんだった。
なんて、息を弾ませながら思う。

走るスピードに自信はないが、早足で歩く萌には難なく追い付いた。
肩を掴んで、その動きを封じる。
こちらに向き直った萌は、今日の出会い頭みたいに、目を丸くしていた。
そんな彼女の両肩に手を乗せた状態で、ゆっくり呼吸を整える。
冬なのに、軽く汗をかいたようだ。
暑くて、仕方がない。
それに、心臓が壊れそうなほど、痛い。
こんな体力だから、野球部も幽霊部員になるのだ。
なんて、心の中で自虐を言えるほどにはまだ、気持ちに余裕は残されていた。



「はぁ・・・遅いって・・何・・・?」



まだ呼吸が落ち着かないまま、萌を見ると、分かりやすく戸惑った顔をしていた。
俺という男は、直接ちゃんと聞かなければ乙女心というやつにも気付けないようなどうしようもない不器用なのだ。
でも、器用で女の扱いにも慣れてるアイツなんかと比較すれば、そんな自分の駄目な性格も愛することができた。



「なんでもないから、もう、いいから」



そうやって、何も教えてくれないくせに、人の気持ちくらい分かれとか平気で言うんだろう。
本当に分かってもらいたいなら言えよって、俺は、思うのに。
近付いたと思ったら、また、見えなくなるほど遠くに消える。
俺は、肩にあった手を、退かした。



「分かった、もういいよ、お前なんか、好きでもねー男にあんなカッコ悪い告白されたこと、一生トラウマにして生きればいいんだ」



そのまま立ち去ろうとして、腕を掴まれる。
振り向いたときに見えた萌の目は、涙で潤んでいた。



「あんたこそ、初恋の相手と両想いにも関わらず素直に好きって言わなかったばっかりに付き合えなかったこと、一生後悔しなさいよ」



萌の涙目は、俺を鋭く睨んだ。
なんて、酷い顔なんだ。
俺が相手だから良いものを、ただの普通の友達でも、引くくらいのレベルだろう。
けど、まぁ、俺だから、それは良いんだ。
にやにやする俺に気付いた萌の視線が更に鋭くなる。

本当、こんなのが好きなんてな。



「俺の初恋がお前って、いつ言ったよ」

「私だってそんなこと言ってないし、でも、やっぱりそうなんだー」

「調子に乗るな、ぶさいく」



頬をつねってやると、萌は俯いて大人しくなった。