「おすすめはなんですか、それを下さい。」
「……わかりました。」
マスターは黙って…
カチャカチャと…時折、音を鳴らした。
お客さんは…、私と、それから…同じくおひとりさまの、女性がカウンターに数名。
少しホッとしたことには、テーブル席にちらほらと…男性客もいること。
「あの…、カップルお断りなんですか?」
マスターだけに聞こえるように、声を潜めて…聞いてみた。
「いえ、そんなことはないですよ?」
「じゃあなんで、あんな看板…。」
「よく言われます、言葉のトリックとでもいいましょうか?あの文字を見たら、大抵のカップルは入店を遠慮するかもしれませんね。かと言って、一人の女性客が気分よく訪れようとするかは…わかりません。店が客を選ぶことなんて…しません。自らこの店を選んでくださった方の為の…お店なんです。」
「………。聞こえいいようにかんじますけど…、当たり前、ですね。」
「……要するに、運命みたいなもんでしょう。」
「……はあ……。」
納得いくような、いかないような返答に。
思わず…溜め息がこぼれた。
マスターの声は、見かけの年齢よりも落ち着いて聞こえて…。
運命だと語られたら、一体何人の女性を虜にしてしまうんだろう、と言うくらいに…
魅力的だった。
涼しげな瞳。
少し…パーマのかかった黒髪。
しなやかな…指先。
「……常連さん、多いでしょう?」
「……。そうですね、有りがたいことです。」
それはきっと、半分は…マスター目的で。
もう半分は……きっと、私のように…癒しを求める人なのであろう。
「……どうぞ、あなたにオススメの…ミルクティーです。」
「………え…?」
ことり、と…目の前に置かれたそれは、きめ細かい泡がふわりと乗った…ミルクティー。
それに、少しだけ…シナモンの香り。
「……てっきり…コーヒーがでてくるのかと。」
「そうでしょう?裏をつきました。この店は一応はコーヒー専門店でけど、実は紅茶も…人気なんです。コーヒーもいいですが、かじかむ手を温めるには……もっと、優しい、ミルクたっぷりの紅茶が…オススメなんです。」
「……そうですか。」
よく客を見てる人だと…思った。
カップを持つ手が、指先からじわりと…温まってくる。
「……。おいしいです。」
「温まるでしょう?」
「…はい。」
「あ…。さっきの質問の答えがもう1つ。」
「え?」
「女性のお客様がいらっしゃると…、自と男性も引き付けられるんですよね。」
マスターは、まるでしてやったり、と言うように…僅かに、目を細めた。
………似てる……。
誰かは、わからないけれど。
この人の持つ空気は、誰かに…似てる。
「泡…、ついてますよ?」
湯気の向こう側で…マスターは、クスリと笑った。
「……まるで……」
「………『まるで』……?」
とかとかと…心臓が鳴った。
次に出る言葉に…決して期待などしていないのに。
「……ひげオヤジです。」
カシャン…と。
ソーサーに、カップを下ろした。
「マスター、顔に似合ってません。オヤジって…!」
「ウケを狙ったつもりです。」
変な人だ……。
最初の印象とは、がらりと変わる。
イタズラ好きの…少年みたいだ。