「っぅえっ…」



 吐かなかった、否、吐けなかった。その代わりに、涙が少量だけ出た。生理的なものである。



 (気持ち、悪い!)






 羽村の頭から血が少しだけ垂れていたことを、回想してしまう。




 羽村は、犠牲となった。



 あんなに優しくて、みんなに気配りができていて好かれていた羽村 夏樹。優しい羽村だからこそ、ルールに逆らったんだろうか…。


 あの鮮血は、羽村に似つかわしくなく、いつも純粋だった目は、汚いものを知らないようで、澄んでいた。


 陽菜は、早鐘のように脈打つ心臓を抑えるように、胸に手を当てる。


 そして、片手はブレザーのポケットに突っ込んだ。




 ―――バタバタバタッ。



「っうぅ…!ヒグッ」



 陽菜に続いて、誰かがトイレに入って来た。



「ごめっなさい、ごめっなさいっ。私のせいでっ。私を殺していれば良かったのにっ。なんで私を殺さなかったの。私なんていらない存在なのに…」



 か細く、苦悶に満ちた声は、宮河 かなえのものだと、陽菜は気付いた。



 (きっと、自分を責めているんだ。)



 陽菜は口を押さえ、吐き気を堪えて立ち上がる。



「みや、かわさん」