「カズ、高校生になったら一緒に甲子園出よう な!」

しばらくの愛咲の口癖だった。

「さくらは女子だから無理だよ!」

同じ少年野球の意地の悪いやつが

遠くから叫んだ。

愛咲は、それを知らなかった。

一気に顔が曇る。

これは、まずい。

「お、おい、ちょっとやめろって」

「でもホントの事じゃん!
一也はおかしいと思わねーのかよ?」

愛咲は黙って走って帰った。

「おい、さくら!」



次の日から、愛咲は野球を休むようになった。

兄がふたりいて、いとこも甲子園に出てる野球一家に生まれた愛咲の夢は自分もあの舞台に立つことだった。

幼なじみのオレは愛咲の気持ちを一番よく知っていた。

だから、黙っていた。

愛咲の夢を邪魔したくない。


「さくら…」








しばらくしてからオレは

愛咲の家を訪ねた。


「一也、愛咲か?」

愛咲の上の兄の愛都(まなと)がジュースを持ってきてくれてリビングで話し始めた。

「…あいつさ、最近野球行かないだろ?」

オレはうなずいた。

「一週間くらい全然部屋から出てこなくてさ、さすがに俺たちも心配になったんだよ。
そしたらあいつが笑わなくなってた。」

淡々と告げられる。

あんなに笑ってた愛咲が?

もう笑わない?

想像がつかない。

「でもさ、野球はまだ好きみたいだぜ。」


オレは嬉しくて顔をあげた。

「ほ、ほんと?」

「あぁ、昨日だって無表情でキャッチボール頼まれたし!」

愛都は大きくニカッとわらってジュースを一気飲みした。