「うわ…最悪だ…」

放課後、私は下駄箱のところで立ち尽くしていた。

外はどしゃ降りの雨。

今日、雨の予報なんか出てたっけ…

「…傘ないや」

私はため息をつくと、下駄箱に寄りかかってカーディガンのポケットからケータイを出した。


とりあえず、雨が弱まるまでサイトでも見てよっかな…


そう思ってケータイを開いた私は、いまだ東君にメールを送れていないことを思い出した。

なんてメールすればいいのか、今朝からずっと悩んでいたら、あっという間に放課後になっちゃったのだ。

私は、メール作成画面にして宛先に東君のアドレスを入れた。
そして、画面を本文に切り替えた直後…

ゴロゴロ……

何やら嫌な音が外から聞こえてきた。

「……」

恐る恐る外を見ると、空が一瞬明るくなった。

…嫌な予感がする。

「………」

ドーンッ…

「…((((;゜Д゜)))」


や、やっぱり雷だったぁっ!!
ど、どうしよどうしよっ…
こんな天気なのに、私ひとりで帰らなきゃなの!?
美羽は部活だし…
あー、もうっ!
傘ない上に、雷なんて最悪すぎるっ…(泣)


軽くパニックになる私。

ゴロゴロ…
……ドーンッ

「ううぅ…」

もうやだ、ひとりでなんて絶対帰れな…

「花恋?」

「ぉわっ…」

ゴッ…

「っ…」

いきなり顔を覗き込まれて、反射的に頭を引いてしまった私。

寄りかかっていた下駄箱に思い切り後頭部を打ち付けた。


…痛い。
色々な意味で痛い…
私これ、今日2回目だし…


「あぁ…ごめんね。
大丈夫?」

…はい、なんとか…
って…!?
この声!!

私は顔を上げて、言葉を失った。

「……!?…」

あぁ…
まさか、1日に同じ失態を同じ人に見られるとは…

「…東君」

私は半泣きで、東君に目で訴えた。

「うん?
…ははっ。
だ、だいじょぶ?
花恋って意外とドジだったんだな」

たぶん東君は、これでも笑いをこらえてくれているんだろう…肩が震えている。

しかし、顔は明らかに笑っている。

…もういっそ笑い飛ばしてほしい…
って…


あれ!?


「えっ!?
今、花恋って言った!?」


わ、私の記憶違い…!?
いや、でも確かに花恋って言ってたような…


じっと東君を見つめていると、東君は照れたように微笑んだ。

「言ったよ?
だって如月花恋でしょ?」

い、いや…確かにそうなんだけど…
私が聞きたいのはそこじゃなくて…

「な…なんでいきなり花恋って…」

「え?
あぁー、いやだった?
ごめんね」

「えっ…
いやじゃないよ…!
む、むしろ嬉しかった…っていうか…」

言ってる途中でなんだか恥ずかしくなってきて、語尾が小さくなってしまった。

「そ?
んじゃこれから花恋って呼ぶわ」

東君はそう言って、私の頭をポンポンと優しく叩いた。

「…っ」

顔が熱くなっていくのが自分で分かった。


あぁ…東君はずるい…
そんな優しい声で「花恋」なんて…ドキドキしちゃうよ…

…東君。
私も…「陽都」って呼んでいいのかな…
呼びたいな…


「あずまく…」

ゴロゴロ…ドーンッ

「…!?」

凄まじい雷の音に、思わず私はフリーズ。

「えっ…だいじょぶ?
まだ遠いから、そんな怖がらなくても平気だよ?」

東君は苦笑いしながら、私の背中をさすってくれた。

「………」


あ、やばい…
な、涙が…


あまりの怖さに、思わず涙が出てきてしまった。

「えっ…
か、花恋…?
そんなに怖いの?
大丈夫だよ、泣かないで…」

私がいきなり涙目になってしまった事によほどびっくりしたのか、声を上ずらせながら頭を撫でてくれる東君。

「うん…ごめっ…」

私は、あわててカーディガンの袖で涙を拭う。

「…花恋、家どこ?
つかバス?電車?チャリ?」

東君は私の頭から手を離して、ため息をつきながら聞いてきた。

「えっと…歩いて来てる…
40分くらいで着くから…」

「あー、そうなの?
俺も歩きでそんくらいだわ。
んじゃ一緒に帰ろ」

東君はそう言うと、上履きとローファーを履き替えた。

「…え?
な、なんで…?」

私は、頭の中に疑問符がポンポンと浮かんでくる。

だけど東君は、逆に首を傾げている。

「だって雷怖いんだろ?
傘もないんでしょ?
俺の傘に入ればいいよ」

「…え。
だ、ダメだよ、東君。
彼女さんいるんだから、他の女の子と相合い傘なんか…」

「彼女?
いないけど?」

私の言葉にきょとんとする東君。


…あれ?


「…でもメアド…
M、Uってイニシャル…」

「…あぁ、それな。
…今はもう…別れてる…から」

そう言って東君は微笑んだけど、その笑顔はどことなく切なくて…

「…ごめんなさい」


私のせいだ…
私のせいで、東君に嫌な思いさせた…

「え、いや気にしないで?
花恋以外のいろんな人にもメアドのイニシャルの事言われるし、だいじょぶだからさ?
ほら、早く帰ろう。
雷ひどくなるよ?」

そう言って、私の頭をぽんぽんと叩いた東君は、いつも通りの無邪気な笑顔に戻っていて…
さっきの切ない笑顔は消えていた。

「…うん、ありがと」

私はうなずいて、ローファーに履き替えた。

そして、東君が開いてくれた紺色の傘におずおずと入る。

東君はそんな私を見て微笑むと、私の肩を引き寄せた。

「濡れちゃうよ?
もっとこっちおいで」

引き寄せられたことによって、私と東君の距離は肩がぶつかり合うほど近くなった。

ドキン…

胸が高鳴る。

触れている肩も熱く感じる。


私はずるい…


東君がどんな事情で彼女さんと別れたのかは分からない。

だけど、事情がどうあれ、別れてるって聞いてホッとしている自分がいる。

聞きたいことだってたくさんある。

なんで別れてるのにメアド変えないのか、とか。

さっきの切なそうな笑顔は、元カノさんの事がまだ好きだから…?とか…

いくら聞きたくても、そんな事絶対に聞けないんだけど…

「花恋、家どっち?」

不意に東君に話しかけられてビックリした私。

「ほぇ!?」

思わず変な声をあげてしまった。

「ははっ。
ビックリしすぎでしょ、家どっち?って」

笑いながら言う東君。

いつのまにか、学校を出て1個目の交差点に着いていた。

「あ…っと…
花恋は左だよ、陽都君は?」

「………」

なぜか東君は、私を見たままフリーズしている。


私、何か変なこと言ったかな…?


「…え…
花恋って…一人称、名前なんだ…
てか…なんでいきなり陽都君って…」

「…え?」

今度は私がフリーズしてしまう番。

「え、無意識だったんだ?
今花恋ね、俺のこと陽都君って名前呼びしたんだよ?」

東君はイタズラっぽく無邪気に笑って、私の顔を覗き込んできた。

「…え!?」

「マジで無意識かぁ、超可愛かったんだけど」

「……え!?」

「ははっ」

「………!?」

私は色んな意味で絶句してしまった。

無意識で名前呼びしてしまったということもあるし、東君がサラッと言った「可愛かった」が…


嬉しすぎるでしょ!?
ていうか照れるっ…


「っ…」

一気に顔が熱くなる。

私はうつむいた。

だけど東君は意地悪く、私の顔を覗き込む。

「どうしたの花恋?
顔真っ赤だよ?」


いじわるだ…(/-\*)


「ど、どうもしないよ…」

私は冷静ぶってそう言った。

しかし逆効果。

「どうもしないなら顔上げて?」

笑いを含んだ声で言う東君。

でも上げられるわけがない。

だって顔が赤いこと、自分でも分かってるんだから…。

そのままうつむいたままでいると、東君は私の顎に手を添えて、優しく上を向かせた。

「ほら…顔赤いよ…」

「っ…」


やばい、もうっ…
ドキドキしすぎて心臓がもたないっ
呼吸不全で死んじゃうっ…


「ごめんね、花恋の反応見てたら意地悪したくなったんだよ」

はは、と笑った東君。

「ほら帰ろ、俺も花恋と同じ方向だし」

「…うん」

そうして、交差点を左に曲がって歩き出す私達。


…東君、私が無意識で名前呼びしちゃっても嫌な顔しなかったな。
…名前で呼んでも…いいのかなぁ…


「…陽都君」

私がそう呟くと、東君は立ち止まった。

必然的に私も止まる。

「え…
…今のって…」

東君はビックリしたように、目をぱちくりさせている。

私は笑ってうなずいた。

「無意識じゃ…ないよ?」


東君が私の事を「花恋」って呼んでくれているように、私も「陽都君」って呼びたい…。


「…そっか、んじゃこれからは花恋も名前で呼んでね」

そう言って微笑んで、東君は傘を傾けた。

もう雨は止んでいた。

さっきまで鳴っていた雷は、雲と共に遠方の空に移動していた。

そして、まだ曇ったままの空のわずかな隙間から、夕陽の光が一筋射し込んできた。

「…夕焼け、きっと綺麗だな」

東君…いや、陽都君はそう呟くと傘を閉じた。

「帰ろっか」

私の斜め前をゆっくり歩き出す陽都君。

私はその後ろを歩きながら、陽都の背中に呟いた。


「…だいすき」