「うあぁっー!
好きだぁっ」

すべての授業を終え、家に帰った私は、叫びながら階段をかけ上がって自分の部屋に飛び込んだ。

そして、ベッドにダイビングする勢いで寝転がって、枕に顔をうずめる。

《楽しみって言うか…嬉しいんだよな》

今朝の東君の言葉を思い出す。
そして、あの無邪気でいたずらっぽい笑顔も…

「かっこよかった…」


…でも私、東君のことあんまり知らないな。

バスケ部に入ってて、いつも笑顔で…
…あれ?
もしかして私、東君のこと、あんまりどころか全然知らないんじゃ…

連絡先とか交換できたら、もっと接点ができるかな…
もっと東君のこと知れるかな…
私、東君のメアドが知りたい…



―翌朝―

8時14分、いつものロッカールーム前。

私はケータイを開いて、待ち受けに設定されている時計表示を見る。

8時14分、43秒…

「……」

52秒…

………。

57…58…59…

表示が変わった。

8時15分。


も、もうすぐ来る…!


私はケータイを握りしめて、深呼吸をした。

鼓動が速くなっていくのを感じた。


お、落ち着くのよ花恋!!
がんばって東君にメアドを聞くんだから!!

でもでも、断られたらどうしよう!?

ていうか、大して仲良くもないのにアドレス聞くとか、変な奴だと思われない!?
なんだコイツとか思われ…


「…おーい?
おはよ?」

「にょわぁ!?」

ゴッ…

「〜っ…ぅ…」

「え、だいじょぶ…?(笑)」

突然顔を覗き込まれてびっくりした私は、飛び退いた勢いでロッカールームの壁に後頭部を打ち付けた。

そして、あまりの痛みにうずくまってしまった。


あぁ…私の頭ん中の細胞が…
消えていく…
…痛い。


「おーい、まじでだいじょぶ?
すごい音したけど…」

「っ…だ、だいじょぶ…です…」

そう言ったものの…
こ、後頭部がズキンズキンする…

私はなんとか顔を上げた。
そして…

「…!?
あ、あ、あ…東君っ…!?」

私に声をかけてくれたのが東君だと認識した瞬間、顔が熱くなっていくのが自分で分かった。


わ、私っ…
後頭部を壁にぶつけるなんて、超恥ずかしい失態を…!
よりによって東君に見られちゃうなんて…


「ごめんね?
俺がいきなり声かけちゃったからビビったんだよね」

東君は苦笑いしながら謝ってくれる。

「ち、ちがっ…
ちょっと考えごとしてて…
だから東君のせいじゃないよ」

「そうか?
つか頭大丈夫?
ゴッって良い音してたけど…」

そう言いながら、私の頭を抱え込むようにして後頭部に手を当ててきた東君。

「…!?」

私は言葉が出なかった。
そしてフリーズ。

自分が今置かれている状況が、把握できずにいた。

だけど東君は落ち着いた顔色かつ声で、

「あー…たんこぶにはなってないんだね。
でも痛いよな…だいじょぶ?
保健室行って冷やす?」

東君の手が、私の後頭部を優しく撫でる。

ドクンドクンドクンッ…

こ、鼓動がっ…
か…顔が熱い…

「いやっ…
な、なんていうかっ…
むしろ頭じゃなくて顔を冷やしたいです!」

「…は?」

きょとんとして、私の頭から手を離す東君。


ああぁっ、私ったら何言ってんの!?
最悪だぁ。


軽くパニックになりながら東君の顔色を伺うと、東君はいつもみたく微笑んでいた。

その笑顔はやっぱり、思わず見とれちゃうくらいかっこよくて…
私は東君の笑顔から、目を離すことができなかった。

…あ、メアド聞かなきゃ…!

数秒の沈黙の末、私は本来の目的を思い出した。

「あ、あのっ!!」

「うん?」

優しく微笑んで、首を傾げる東君。

私はケータイを握り直して、スゥッと軽く息を吸った。

…よしっ!

「メアド…!
メアド教えてくださいっ…」

緊張し過ぎて、言い終わりと同時にうつむいてしまった私。

「………」

しかし、東君は黙っている。


……あれ?
…あ、やっぱり、いきなり個人情報を聞き出すようなマネ、引かれた?


私は恐る恐る顔を上げた。
直後、

「ふっ…ははははっ!!
いきなり深刻そうな顔つきになるから何かと思ったら…!
メアドかよっ」

東君は吹き出して、大笑いしている。

「…?」


え…今私、笑われるとこ…なの?


私は、腹を抱えて笑う東君を見ながら困惑してしまった。

「ははっ、まじうけるわっ!!
いーよ、ちょっと待ってね、今…」

ようやく笑いきったのか、東君はそう言いながらパーカーのポケットからスマホを取り出した。

「俺の送るから、受信画面にして?」

「え…あ、うん…」

私はあわててケータイを開いて、赤外線受信の画面にする。

「おっけ?
送信するよ?」

確認してくれる東君にうなずく私。

お互いのケータイを近づけると、10秒もしないうちに私のケータイに東君のプロフィールが受信された。

「あ、ありがとう…」

「どういたしましてー
あとでメールしてね。
俺もう教室行くから」

笑って立ち上がる東君。

「あれ…
今日ひとりなの?
…加々見君いないんだ?」

そう聞きながら、周りを見渡す。

しかし、視界に加々見君が入らない。

「あー、涼太な。
あいつ先に行ったよ。
てか、如月もいつまでここにいる気?
今22分だよ?」

スマホの画面を見ながら、のんびりと言う東君。

「え…
…あ!?
み、美羽が来ない!!」

そこでようやく、自分が美羽を待っていたことを思い出した。
東君にメアド聞くことに気を取られて、すっかり忘れてたけど…まさか昨日と同じパターンなんじゃ…

「あぁ、吉澤美羽?
さっき体育館のカギ返すときに職員室で見かけたよ。
あの様子じゃたぶん、HRには間に合わないんじゃね?」

苦笑いしながら言った東君は、教室に向かって歩き出した。


…職員室って。
あの様子じゃって…
美羽さん、何やったんですか…


私も苦笑いをして、東君の後ろをついていく。

すると、廊下の突き当たりを曲がる直前、東君が突然立ち止まそして私の方を振り向いて、

「忘れてた」

そう言った。

「…え?」

…何のことだろう?

首を傾げると、東君はフッと優しく微笑んだ。

「おはよ……って言うの」

「………!」

あまりにも衝撃的で、私は言葉が出なかった。

わざわざ言ってくれるなんて…


…嬉しい。
嬉しすぎるよ…東君…


私は笑って頷いた。

「うん、おはよう」





「花恋っ!!
おはよ」

HR終了後の休み時間、ケータイを握りしめながら机に突っ伏していると、美羽に肩を叩かれた。

「…美羽。
…おはよう」

私はため息をつきながら返した。

美羽は、私のそのため息が自分に向けられたものだと誤解したらしく、私の顔を覗き込んできた。

「…ごめんね、私が今朝来なかったから怒ってんでしょ?
花恋、遅刻しちゃった?」

「…え?
…あ、違うよ?
全然怒ってないからだいじょぶだよ?
美羽が職員室にいるって聞いたから、花恋先に教室来ちゃったし…」

あわてて首を振る私。

美羽はそれを聞いて安心したように笑った。

「今日さ、珍しく早く学校着いて…8時5分くらい?
で、いつも花恋が私を待っててくれるから、たまには私が待ってみよっかなって思ったんだよ。
そしたらロッカー行く途中で、担任に捕まってさー。
お前このままだと留年するぞーって言われてたんだよね」

あははと笑う美羽。


…だからさっきのHR、担任じゃなくて副担任が来たんだ。


「美羽が留年しちゃったら、花恋寂しいじゃん。
がんばってね?」

私はそう言って、机に突っ伏した。

「…花恋、なんかあった?」

そう言いながら、美羽は優しく頭を撫でてくれる。

「……せっかく東君にメアド聞けたのに…うわぁんっ」

いきなりガバッと頭を上げた私に、目をぱちくりさせる美羽。
私は構わずにケータイを開くと、受信したばかりの東君のプロフィールを画面に出して、美羽に見せた。

「…なに、東のアドレスじゃん。ていうか、花恋って東のこと好き…」

「うわあぁっ!?」

「……分かりやすっ。
いきなり奇声挙げないでくんない?」

苦笑いの美羽は、私の手からケータイを取って画面を見つめた。

「アドレス聞けたんなら良かったんじゃないの?
何をヘコんでるわけ?」

よくわかんない奴だなぁ…と続けた美羽は、私にケータイを返した。


たしかに…アドレス聞けたのは嬉しいけど…


「…アドレスに入ってるイニシャル…彼女さんのなんじゃないかなぁ…」

私はそう呟いて、再び机に突っ伏した。

…そう、東君のアドレスは、

「love-m.u@…」


「明らかに東君のイニシャルではないしさ、ラブって入ってるし…」

「あぁ、そういや入ってたねー
それで、可愛い可愛い恋する乙女の花恋ちゃんはヘコんでるわけだ?」

「だって…」

「てか、あんた突っ伏してるから声がくぐもって聞こえないわ。話すなら顔上げてくんない?」

美羽の口の悪さは今に始まったことじゃないけど、さすがに今の私には正直ダメージが大きいというか…

私は顔を上げて美羽を見た。
美羽は、すでに私の話なんかどうでもいいのか、鼻歌を歌いながらスマホをいじっていた。
しばらく見ていると、私の視線に気づいたのか、美羽がスマホから顔を上げて首を傾げた。

「なに?」

「…いや、花恋の深刻な悩みも、美羽にとっては所詮他人事なんだなぁって…」

「だって実際私に関係ないし。
恋愛とか良くわからないわ」

バサッと言い切った美羽は、再びスマホに目を向ける。

私の隣の席に座って、足を組みながらスマホをいじる美羽。

そんな美羽は、運動神経がとても良くて、裏表のないサバサバとした性格なため、男女問わず色々な人から好かれている。

勉強は少し苦手みたいだけど、容姿だってきれいだ。

長くて細い足に、キュッと引き締まったウエスト。

下ろすと胸の下あたりまである長い茶髪をいつもポニーテールにしていて、両耳に2つずつ開いているピアス。

スッピンが分かる程度のナチュラルメイク。

ぱっちり二重で、瞳が大きくて、スッと鼻筋が通っていてー…

「…そんな見ないでくんない?
私、恋愛とか良く分からないとは言ったけど、レズだとは一言も言ってないよ」

そう言って顔をしかめる美羽。

「あ…ごめん」

「…まぁ、さ。
話なら聞くし、応援もするよ。
だからいつまでもウジウジしないの」

美羽はそう言って立ち上がると、私に軽くデコピンをして自分の席に戻って行った。


…かっこいいな、美羽は。
いつだってハッキリ自分の意見を言えて、すごく正義感が強くて…
羨ましい…。


私はため息をついて、再びケータイを開いた。

「love-m.u@…」

何度見ても変わることのないアドレス。

見る度に、胸がキュウッと締め付けられる。

なんかすごく複雑。

だけど、私のケータイに東君のアドレスが入っている…
それはとても嬉しくて…

ケータイを閉じて、フッと廊下の方を見ると、開いているドアから、廊下で友達と話している東君が見えた。

東君はスマホを片手に、友達と楽しそうに笑いあっている。


…東君。


心の中で呼んだその時…

「…!?」

東君がこっちを見た。

そして、一瞬きょとんとしたあと、ニッと笑ってスマホを軽く左右に振った。

「…?」

意味がわからず、首を傾げてみせると、東君は何やら口を動かした。

しかし、いちばん窓側にいる私には何も聞こえ…

……あ。

ようやく私は、東君の意図に気づいた。

東君の口元を良く見てみると…

《め・え・る・し・て》


「…ふふ」

思わず笑みがこぼれる。

私は、ケータイを軽く振り返してうなずいた。

そして、東君はいたずらっぽく笑うと、私に小さく手を振って行ってしまった。


…東君。
私、あなたが好きです。
大好きです。
たとえ、あなたが他の誰かを想っていても…―。