朝、8時13分。
ロッカールームのとこで、腕時計をチラチラ見ながら横にある階段を意識する私。
体育館や下駄箱から教室に行くには、絶対にこの階段からロッカールームを通らないと着かないから。
…14分…
「あと1分…」
私はカーディガンのポケットから小さな鏡を取り出して、前髪などをチェックした。
だいじょぶだよね?
変なとこないよね?
入念に身だしなみを確認していると、ロッカールームの横にある階段から声が聞こえた。
「陽都ー、早くしろよ!
HR遅れるぞー」
「わぁってるって!!」
ドキン…と、胸が高鳴る。
も、もうすぐ来る!!
あわてて鏡をポケットにしまった直後、
「お前まじで置いてくぞ…
あ、如月。
おっす」
HRに遅れると文句を言っていた男子が、私に気づいて声をかけてくれる。
隣のクラスの加々見涼太君。
「あ…おはよ」
「また吉澤待ち?」
お前も毎朝大変だなぁ…と、独り言のようにボソボソと付け足した加々見君は、バスケットシューズとユニフォームを置きにロッカールームの奥へ入ってしまった。
そう、私が毎朝この時間にここにいる理由は
「毎日遅刻スレスレのクラスメイト、吉澤美羽を待っているから」
事実とはいえ、実はそんなのは口実にすぎなくて…
「あっ、またいる(笑)
おはよっ」
「おゎっ…」
ボーッと考え込んでいるところにいきなり声をかけられて、思わず変な声を出してしまった。
「ははっ、ごめん、びっくりさせたね」
笑いながら謝る彼は、毎朝私がここにいる第1の理由であって…
「東君…お、おはよ…」
私はバッグを肩にかけ直しながら、冷静を装って言った。
「おー、おはよっ
早く教室行かないとHR始まるよ」
そう言ってロッカールームに入っていった彼…
隣のクラスの東陽都君。
特に仲が良い訳じゃない。
出身中学も違うし、委員会も違う。
隣のクラスだと言っても、あまり教室から出ない私は、校内で彼と会うことも少なくて…
1学期は2回くらいしか話していない。
だけど2学期になって美羽と仲良くなり、ロッカールーム前で美羽を待つようになってから、毎朝会うようになった。
いつも笑っている東君…
すごく爽やかな笑顔。
だけどたまに見せる、無邪気でいたずらっぽい笑顔がかわいくて…
私はいつの間にか、移動教室の時などに廊下で東君の姿を探すようになっていた。
視線が合うことがなくても、朝の挨拶以外接点がなくても、私は東君の姿を一目見れたら、それだけですごく幸せな気持ちになれるの。
私は、東君が好きなんだ。
そして最近、東君と加々見君はバスケ部に所属していて、毎日ある体育館での朝練が8時10分に終わり、15分には必ずこのロッカールームに荷物を置きに来るということも知った。
だからといって、わざわざその時間に合わせて登校してくる私はバカなのか…
キーンコーンカーンコーン…
あ…予鈴が鳴った。
今20分…
あと2分で美羽が来るなー…
なんて思いながらケータイをいじっていると、部活の荷物を置いてバッグだけを手にした東君と加々見君が、ロッカールームから出てきた。
加々見君はそのまま教室の方に歩いていったけど、東君は私の方を振り向いて
「俺ら先に教室行くね」
と声をかけてくれた。
「え…あ、うん…」
急なことに戸惑いながらも、なんとかうなずいた私は、廊下を歩いていく東君の背中をずっと見ていた。
そして、廊下の突き当たりを曲がる直前、東君はこっちを振り返った。
そんな東君は、優しく微笑んでいた…―気がしたのは、私の気のせいだったのかな…。
て、いうか…
私は腕時計を確認する。
分針が文字盤の「5」に重なりつつある。
そして、ケータイの待ち受けに設定されている時計も24分になった。
え、美羽来ないし…
このままだと私がHR間に合わないんですけど…
…先に行くか。
そう思い、ため息をついた直後…
「花恋!!
ごめんごめん、遅刻する!!
走るぞー」
そう叫びながら私の真横をダッシュで抜けていった、ポニーテールの彼女こそ、私が待っていた吉澤美羽。
「ちょ、走るぞじゃないわよっ、置いてかないでよっ」
普通、遅刻ギリギリまで自分を待っててくれた友達を置いて先に行くかぁ!?
信じられないっ
しかし、さすが運動神経抜群な美羽。
すでに廊下を曲がっていて、姿が見えなかった。
「もーっ、なんなのよ!!」
私も文句を口にしながら、バッグを肩にかけ直して走るスピードをあげた。
私達のクラスは4組なので、廊下の突き当たりを曲がったらすぐ近くだ。
そして、ようやく廊下の突き当たりまで来たあたりで、無情にも本鈴が鳴り響いた。
キーンコーンカーンコーン…
「うそでしょっー」
思わずそう叫び、あわてて教室に飛び込んだ。
とたんに向けられる、クラスメイトの視線。
美羽はすでに席についていて、私の方を見ると、片手を軽く上げて「ごめん」と口パクした。
「美羽、あんたねぇ…」
一言文句を言ってやろうと口を開いた、その直後…
「如月、もう本鈴鳴ってるんだぞ。
早く席につかないと遅刻扱いな。
あと、廊下で絶叫するんじゃない、他のクラスの迷惑だ」
担任の西藤先生がため息をつきながら言った。
教室のあちこちから、クスクスと笑い声が聞こえる。
…絶叫って…
私は苦笑いしながら、うなずいて席についた。
「んじゃ出席確認するぞ」
先生はそう言って、クラスメイトの名前を呼んでいった。
私は、そんな先生から視線を逸らして窓の外を見た。
…空きれいだなぁ…
…あ、あの雲…
ハート型っぽい!!
音楽室などの特別教室がある東棟のちょうど上あたりに、ハート型っぽい雲がある。
あ、なんか今日、いいことありそうな気がしてきた(笑)
HR終了後、
「いやー、毎朝行ってるコンビニがさ、ちょっと混んでて…」
などと言い訳混じりな謝罪をしていた美羽が突然、
「あ、ごめーん。
私、日本史の教科書忘れたわ…借りに行くから、ついてきてよ」
と、悪びれもせずに言い出しやがったが為に、私は今隣のクラスの5組に来ている。
美羽は、まるで自分のクラスのように普通に入って、窓側の席に座っている女の子と話している。
…相変わらず自由人だなぁ。
そう思いながら、5組の出入口で待っていると、後ろから肩を叩かれた。
びっくりして振り返ると、東君が立っていた。
「どうしたの?
誰か呼ぶ?」
と、いつもの爽やかな笑顔で聞いてくれる。
え…
やだ、うそ、なんで!?
い、いきなりすぎて心の準備が…!
あ、そうだ、5組って東君と加々見君がいるクラスじゃん!!
私は突然のことに内心パニックになった。
いや、でも動揺したら変に思われる!!
ていうか私は、美羽の付き添いなだけで…!
変に緊張してしまい、東君と目線を合わせたまま言葉が出てこない私。
東君はそんな私のことを、きょとんとした顔でしばらくジッと見ていたけれど、ふと思い出したように言った。
「そういや俺らさ、毎朝ロッカーでおはよって挨拶するのが日課になってない?」
「え…あ…そ、そうだね…」
いきなり何だろう…
私は答えながらも首を傾げた。しかし、東君は微笑んで続けた。
「毎日朝練でクタクタになって、授業もあるしだりぃなって…そう思うんだけど、ロッカーに行けば必ずおはよって挨拶交わせるから…それが毎日の楽しみって言うか…
嬉しいんだよな」
そう言って無邪気にニッと笑った東君は、そのまま教室に入っていった。
私は、その後ろ姿から目を離すことができなかった。
《それが毎日の楽しみって言うか…嬉しいんだよな》
東君の言葉が脳内でリピートされる。
…嬉しい?
…楽しみ?
私と交わす挨拶が…?
ううん、考えすぎかもしれない…
きっと深い意味はないのかもしれない。
だけど、鼓動が速まって収まらない。
そっと胸元に手を触れると、ドクドクと速く脈打っている。
「…ずるいよ…反則だよ…」
気づけば日課になっていた、毎朝の挨拶。
毎日が楽しみで嬉しいのは、私の方だけかと思ってた。
でも違った?
東君も同じふうに思ってくれてた…?
東君…東君。
私は東君の後ろ姿を見つめながら、心の中で名前を呼んだ。
私、あなたが好きです。
大好きです。
ロッカールームのとこで、腕時計をチラチラ見ながら横にある階段を意識する私。
体育館や下駄箱から教室に行くには、絶対にこの階段からロッカールームを通らないと着かないから。
…14分…
「あと1分…」
私はカーディガンのポケットから小さな鏡を取り出して、前髪などをチェックした。
だいじょぶだよね?
変なとこないよね?
入念に身だしなみを確認していると、ロッカールームの横にある階段から声が聞こえた。
「陽都ー、早くしろよ!
HR遅れるぞー」
「わぁってるって!!」
ドキン…と、胸が高鳴る。
も、もうすぐ来る!!
あわてて鏡をポケットにしまった直後、
「お前まじで置いてくぞ…
あ、如月。
おっす」
HRに遅れると文句を言っていた男子が、私に気づいて声をかけてくれる。
隣のクラスの加々見涼太君。
「あ…おはよ」
「また吉澤待ち?」
お前も毎朝大変だなぁ…と、独り言のようにボソボソと付け足した加々見君は、バスケットシューズとユニフォームを置きにロッカールームの奥へ入ってしまった。
そう、私が毎朝この時間にここにいる理由は
「毎日遅刻スレスレのクラスメイト、吉澤美羽を待っているから」
事実とはいえ、実はそんなのは口実にすぎなくて…
「あっ、またいる(笑)
おはよっ」
「おゎっ…」
ボーッと考え込んでいるところにいきなり声をかけられて、思わず変な声を出してしまった。
「ははっ、ごめん、びっくりさせたね」
笑いながら謝る彼は、毎朝私がここにいる第1の理由であって…
「東君…お、おはよ…」
私はバッグを肩にかけ直しながら、冷静を装って言った。
「おー、おはよっ
早く教室行かないとHR始まるよ」
そう言ってロッカールームに入っていった彼…
隣のクラスの東陽都君。
特に仲が良い訳じゃない。
出身中学も違うし、委員会も違う。
隣のクラスだと言っても、あまり教室から出ない私は、校内で彼と会うことも少なくて…
1学期は2回くらいしか話していない。
だけど2学期になって美羽と仲良くなり、ロッカールーム前で美羽を待つようになってから、毎朝会うようになった。
いつも笑っている東君…
すごく爽やかな笑顔。
だけどたまに見せる、無邪気でいたずらっぽい笑顔がかわいくて…
私はいつの間にか、移動教室の時などに廊下で東君の姿を探すようになっていた。
視線が合うことがなくても、朝の挨拶以外接点がなくても、私は東君の姿を一目見れたら、それだけですごく幸せな気持ちになれるの。
私は、東君が好きなんだ。
そして最近、東君と加々見君はバスケ部に所属していて、毎日ある体育館での朝練が8時10分に終わり、15分には必ずこのロッカールームに荷物を置きに来るということも知った。
だからといって、わざわざその時間に合わせて登校してくる私はバカなのか…
キーンコーンカーンコーン…
あ…予鈴が鳴った。
今20分…
あと2分で美羽が来るなー…
なんて思いながらケータイをいじっていると、部活の荷物を置いてバッグだけを手にした東君と加々見君が、ロッカールームから出てきた。
加々見君はそのまま教室の方に歩いていったけど、東君は私の方を振り向いて
「俺ら先に教室行くね」
と声をかけてくれた。
「え…あ、うん…」
急なことに戸惑いながらも、なんとかうなずいた私は、廊下を歩いていく東君の背中をずっと見ていた。
そして、廊下の突き当たりを曲がる直前、東君はこっちを振り返った。
そんな東君は、優しく微笑んでいた…―気がしたのは、私の気のせいだったのかな…。
て、いうか…
私は腕時計を確認する。
分針が文字盤の「5」に重なりつつある。
そして、ケータイの待ち受けに設定されている時計も24分になった。
え、美羽来ないし…
このままだと私がHR間に合わないんですけど…
…先に行くか。
そう思い、ため息をついた直後…
「花恋!!
ごめんごめん、遅刻する!!
走るぞー」
そう叫びながら私の真横をダッシュで抜けていった、ポニーテールの彼女こそ、私が待っていた吉澤美羽。
「ちょ、走るぞじゃないわよっ、置いてかないでよっ」
普通、遅刻ギリギリまで自分を待っててくれた友達を置いて先に行くかぁ!?
信じられないっ
しかし、さすが運動神経抜群な美羽。
すでに廊下を曲がっていて、姿が見えなかった。
「もーっ、なんなのよ!!」
私も文句を口にしながら、バッグを肩にかけ直して走るスピードをあげた。
私達のクラスは4組なので、廊下の突き当たりを曲がったらすぐ近くだ。
そして、ようやく廊下の突き当たりまで来たあたりで、無情にも本鈴が鳴り響いた。
キーンコーンカーンコーン…
「うそでしょっー」
思わずそう叫び、あわてて教室に飛び込んだ。
とたんに向けられる、クラスメイトの視線。
美羽はすでに席についていて、私の方を見ると、片手を軽く上げて「ごめん」と口パクした。
「美羽、あんたねぇ…」
一言文句を言ってやろうと口を開いた、その直後…
「如月、もう本鈴鳴ってるんだぞ。
早く席につかないと遅刻扱いな。
あと、廊下で絶叫するんじゃない、他のクラスの迷惑だ」
担任の西藤先生がため息をつきながら言った。
教室のあちこちから、クスクスと笑い声が聞こえる。
…絶叫って…
私は苦笑いしながら、うなずいて席についた。
「んじゃ出席確認するぞ」
先生はそう言って、クラスメイトの名前を呼んでいった。
私は、そんな先生から視線を逸らして窓の外を見た。
…空きれいだなぁ…
…あ、あの雲…
ハート型っぽい!!
音楽室などの特別教室がある東棟のちょうど上あたりに、ハート型っぽい雲がある。
あ、なんか今日、いいことありそうな気がしてきた(笑)
HR終了後、
「いやー、毎朝行ってるコンビニがさ、ちょっと混んでて…」
などと言い訳混じりな謝罪をしていた美羽が突然、
「あ、ごめーん。
私、日本史の教科書忘れたわ…借りに行くから、ついてきてよ」
と、悪びれもせずに言い出しやがったが為に、私は今隣のクラスの5組に来ている。
美羽は、まるで自分のクラスのように普通に入って、窓側の席に座っている女の子と話している。
…相変わらず自由人だなぁ。
そう思いながら、5組の出入口で待っていると、後ろから肩を叩かれた。
びっくりして振り返ると、東君が立っていた。
「どうしたの?
誰か呼ぶ?」
と、いつもの爽やかな笑顔で聞いてくれる。
え…
やだ、うそ、なんで!?
い、いきなりすぎて心の準備が…!
あ、そうだ、5組って東君と加々見君がいるクラスじゃん!!
私は突然のことに内心パニックになった。
いや、でも動揺したら変に思われる!!
ていうか私は、美羽の付き添いなだけで…!
変に緊張してしまい、東君と目線を合わせたまま言葉が出てこない私。
東君はそんな私のことを、きょとんとした顔でしばらくジッと見ていたけれど、ふと思い出したように言った。
「そういや俺らさ、毎朝ロッカーでおはよって挨拶するのが日課になってない?」
「え…あ…そ、そうだね…」
いきなり何だろう…
私は答えながらも首を傾げた。しかし、東君は微笑んで続けた。
「毎日朝練でクタクタになって、授業もあるしだりぃなって…そう思うんだけど、ロッカーに行けば必ずおはよって挨拶交わせるから…それが毎日の楽しみって言うか…
嬉しいんだよな」
そう言って無邪気にニッと笑った東君は、そのまま教室に入っていった。
私は、その後ろ姿から目を離すことができなかった。
《それが毎日の楽しみって言うか…嬉しいんだよな》
東君の言葉が脳内でリピートされる。
…嬉しい?
…楽しみ?
私と交わす挨拶が…?
ううん、考えすぎかもしれない…
きっと深い意味はないのかもしれない。
だけど、鼓動が速まって収まらない。
そっと胸元に手を触れると、ドクドクと速く脈打っている。
「…ずるいよ…反則だよ…」
気づけば日課になっていた、毎朝の挨拶。
毎日が楽しみで嬉しいのは、私の方だけかと思ってた。
でも違った?
東君も同じふうに思ってくれてた…?
東君…東君。
私は東君の後ろ姿を見つめながら、心の中で名前を呼んだ。
私、あなたが好きです。
大好きです。