呆れてため息も出ない。


未だに夢見心地でヤクザの嫁について語りだす真奈美を放って、レジ点検を終わらせる。


品出ししようとバックヤードに足を向けたところで、来客を告げるベルが店内に鳴り響いた。


反射で「いらっしゃいませー」と声を出す。


客の方を見て、うぐっ、と変な音が喉から漏れた。



「違反生徒見っけっぴー」


「柴くん!」



柴くん、通称、大柴涼汰。

わたしのクラス担任であり、同時に生徒指導の役割も担っている、瀬戸翔風商業高等学校の教員である。


「柴くん」とは、クラスだけでなく、学年中の生徒全員からそう呼ばれていて、本人もたいそう気に入っているのか、そのあだ名で呼ばれたときの幸福指数が並大抵じゃないことは、顔を見ていればわかる。



「はい、小西環、減点」


「ちょっと柴くん、こないだちゃんと申請書出したやん。家庭の事情でってことで、アルバイトオッケーになったやん。アルツハイマー? アルツハイマーなん?」


「柴くんやん! アルツハイマーなん?」


「君たち、一度アルツハイマーから離れよう。……待て待て待て、俺から離れてどないすんねん!」



だって離れ言うたん柴くんやし。


という文句も得意の聞こえないふりをして、彼は話を続ける。



「最近、変な輩がこのあたりを徘徊してるみたいやから、ふたりとも帰るときはじゅうぶん気をつけるんやで」


「うん」


「任せて柴くん! なんのために環がおると思っとん!」