授業中に廊下を歩き回っているのが他の先生に見つかりでもしたらまずい。
私はあくまで慎重に、科学準備室を目指して歩き出した。

人気のない授業中の廊下は、なんだか新鮮だ。
こんなことにならなければ、きっと、この光景を知ることもなかっただろう。

いつも通いなれている科学準備室が、今は少しだけ、遠くに感じられた。
真っ直ぐに続くこの廊下も、科学準備室と書かれた古びた引き戸も、全部。


まるで知らないもののようだ。


先生はきっと、授業があるからここにはいない。

そうは言ってもやっぱり、目の前の引き戸を開けるのには躊躇してしまう。


さっき私が乱暴に開けたこの扉の向こうには、赤茶色の古いソファーがあって、そこでいつも私たちは一緒にお弁当を食べている。

その隣には先生の机がある。
いつも、書類で散らかっていて、そろそろ片付けるつもりだと言い訳をする彼の姿を、何度、目にしたことだろう。

窓際にある棚の上には四角い水槽があって、真っ赤な金魚が三匹、気持ち良さそうに泳いでいる。

そんな金魚にエサをやるのも、いつからか私の日課になっていた。


そんな、先生との思い出が、また私の涙腺を緩めていく。

だめだ。だめだ。だめだ。

頭を振って、気を引き締める。



そして、



ようやく私は、



引き戸に手をかけた。