土曜日。
結城はすでに、この診療所のスターになっていた。
奈々子だけでなく、診療所全員がそわそわしている。
午前中の患者さんは、かつてないほどの多さで、それも子供が熱を出しているというような病気で来ているのではない。
予防接種の予約で埋まっているのだ。
「母親達の連絡網って、すごいね」
珠美が声をひそめていう。
「うん」
奈々子も驚きを隠せずうなずいた。
そろそろ十二時になるころ。
受付に座ったまま、奈々子は壁にかけてあるキャラクター時計をちらちらと確認する。
予防接種を終えた子供達が飽きてきて、待合室は騒がしい。
帰ればいいのに、案の定母親達は帰らない。
結城を一目みるまでは帰れないというのだろう。
予防接種を受けた後三十分は帰らないように指導しているが、今日は猶に一時間も待ってる親子もいた。
予約リストには、まだ二人ほど入っている。
加えて熱を出して来ている患者さんもいる。
まだまだ診療は終わりそうになかった。
そこに自動扉が開き、結城が入って来た。
待合室自体が声を出さずとも「わあ」と歓声をあげたように感じた。
結城もその雰囲気を感じてか、立ち止まり待合室を見回した。
きれいな二重の目を大きく開いている。
「出直して来た方がいいですよね」
受付に近づいた結城は、奈々子にそう言った。
「ええっと、そうかもしれません」
奈々子は目をそらしながらそう言った。
すると一人の母親が
「いえいえ、もう帰りますから。ここ、どうぞ」
と言って、結城にソファを譲った。
「よろしいんですか?」
結城が言い終わるか終わらないか、というところで、大胆にもその母親は結城の腕をとってソファに座らせた。
「ありがとうございます」
結城は笑顔でその母親に言った。
すると待合室から「おお」とざわめきがおこった。
結城は目を丸くして、それから合点したように、今度は待合室にいる母親達全員に向かって、笑みをうかべた。