駅が近づいて来た。
そろそろこのなんでもない、平凡な会話も終わりに近い。


「僕も映画で泣きたくないです。僕は泣き虫なんで、映画館なんかで見たら、恥ずかしくて。駅前はちょっと車が入れないので、商店街の入り口でいいですか?」

「はい」


車は、昔ながらのお店が連なるアーケード商店街の入り口に止まった。
奈々子はシートベルトを外し、扉を開けた。


「ありがとうございました」
奈々子は外にでると頭をさげる。

「いえいえ、こちらこそ。ごちそうさまでした。ほら、行ってください。雨がかかっちゃう」
結城はそう言うと、手を振った。


奈々子は扉を閉め、屋根のある方へ走る。
振り向くと車が動きだすところだった。
運転席の結城が、笑顔で会釈する。



ただそれだけなのに、なんてあの人は輝いてるんだろう。



奈々子も頭を下げると、車はスピードをあげて走り去った。


雨がアーケードを叩く。
近所のおばさんや、子連れの母親達、パチンコ屋から出てくるおじさんが、目に入りだした。


とたんに現実に引き戻される。


「とりあえず珠美に報告しなくちゃ」
奈々子はそういうと鞄から携帯を取り出し、駅に向かいながら電話をかけた。

「もしもし」
珠美が眠そうな声で出た。

「もしもし、奈々子だけど。須賀さんの車に乗っちゃった」

「ええ??? どういうこと」
珠美がとたんに声をあげる。

「あ、それから、珠美が須賀さんのことを百戦錬磨だって言ってたって、口が滑って言っちゃった」

「えええええええ????? 何よ、それ。ばかばかばかばか」
電話口で珠美が喚いてる。

奈々子は笑いながら「ほんとごめん」と謝る。


「なんか夢みたいな時間だった」


奈々子はそう言った。