胸が高鳴った。


結城にしてみれば、ほんのちょっとの親切だろうが、奈々子にとっては夢のようだ。


最後の電気を消し、鍵を閉めた。
雨は小降りになっていたが、ところどころに大きな水たまりがあり、奈々子はそれをはねるようによけて歩いた。


診療所の駐車場で、白いボックスカーにエンジンがかかっていた。
結城はハンドルに両手を置き、奈々子の様子を伺っているようだ。


奈々子は小走りに車に駆け寄り、助手席へ回る。
中に座る結城が身体をのばし、助手席の扉を押し明けた。


車の中には結城の香りが充満している。
奈々子はシートベルトをしめた。


「エアコンつけたんですけど、湿気はどうにもなりませんね」
結城は左手でエアコンを調節した。
「戸田さん、今日の会場はどこですか?」

「ええっと……ちょっと待ってください」
奈々子は光沢のあるハンドバッグを開け、招待状を取り出した。

「恵比寿です。なんて読むんだろ、これ」
奈々子は首をかしげた。

「見せて」
結城が身体をのばして、奈々子の手元を覗き込む。

「あそこかな? 恵比寿より代官山に近いかも。いずれにせよ渋谷経由ですね」
結城はそう言うと、車をスタートさせた。