窓の外では、地鳴りのような雨の音がする。
奈々子は気になって何度か外を見た。


「雨が降って、少し涼しくなるかもしれませんね」

「ですね」

「大学の教室が……雨が降ると、独特の匂いがするんです。教室に。あの匂いが好きで、雨の日が好きでした」

「早稲田ですよね。今日結婚する友人のご主人も、早稲田だって言ってました」

「あれ? 大学名言いましたっけ?」
結城が大きな瞳をこちらに向ける。


しまった。


奈々子はあわてて、顔を伏せる。
「えっと、あの……」


すると横で、くすくすと笑う声がした。
「見たんでしょう」

「えっと……」

「ブログ。よくあれだけ調べましたよね」
結城はなんでもないというように言った。

「あまりにもたくさんの情報がネットに出ていて、びっくりしました」
奈々子は恐る恐る言ってみた。

「他にもたくさんあるみたいですよ。成り済ましなのか、なんなのか、わざわざ僕が今何をしてるかをツイートしたりしてるみたいです」

「なんだか、怖いですね」

「写真も撮り放題。誰も禁止しないから」

「やめてほしい、って言わないんですか?」

「きりがないですから」
そういうと結城は微笑んだ。

「どうしてこのお仕事にしたんですか? なんというかそんなに目立っているなら、モデルとかそんなような仕事も選べたと思うんですけど」

結城は奈々子を見てから
「バイトでちょっとだけしましたけど、僕には向きませんよ。まあ、営業にも向いてないって今日証明しちゃいましたけど」
と言った。

「研究職希望だったんですか?」

結城は再びにやっと笑って
「そうそう。顔が災いして、営業に廻されました」
と言った。

それを聞いて、奈々子は思わず吹き出した。

「いや、正直、まさに災いですから」

「それ、すごく怒る人、いると思いますよ」

「かもしれません。失礼でしたね。ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ、失礼なことを言ってしまいました。でも、その、なんていうか……」

「顔で?」

「そう、顔で得をしていると思いがちですけど、そうとは限らないんですね」

「もちろん」
結城はペットボトルを最後までのみきって

「この顔で得したことはたくさんあります。山ほど。ただ、周りの期待に答えられるような人物ではないので、それがすごくプレッシャーになることもありますね」

「へえ」

「内面はいたって普通で、すごく地味です。母子家庭だし、育ちも普通。女の子は洗練された扱いを期待するけれど、僕にはそれができないから、冷たくしちゃったり、みんなにいい顔するって怒られたりします。たいてい、最後は振られて、終わり」

「意外です。珠美が……あの受付の隣に座っている子ですが」

「わかりますよ」

「絶対に百戦錬磨だって」
奈々子はそう言ってから、あまりにも失言だったと気づいて、顔を赤らめた。

「ご、ごめんなさい」

結城は笑って言う。
「いいですよ。たいていそう思われますから。実際に百戦錬磨かもしれないし」

「え?」
奈々子は思わず顔をあげた。

「冗談。ほら、小降りになってきましたよ」