奈々子はなんと返事をしてよいものかわからず、背を向けて受付のなかに入った。
仕事もないのに定位置に座る。


結城は目を閉じて、冷房の風を顔に感じているようだ。
少し微笑んでいる。


「かず子先生は学会でしたね」
結城が目を閉じたまま話しかけた。

「はい」
奈々子は必要もないのにコンピュータの電源を入れた。
ジーっという通電する音がした。

「手帳に書いたのに……営業に向いてませんね」
結城はにこっと笑って、再びペットボトルに口を付けた。

「戸田さんは、どうしていらしてるんです? 今日はおしゃれだし」

奈々子は恥ずかしくなって、下を向いた。
「あの、忘れ物をとりに寄ったんです。でもみつからなくて」

「何を探してるか、伺ってもいいですか?」

「結婚式の二次会の招待状です。それがないとどこでパーティがあるのかわからないんです」

「それは困りますよね。お手伝いしましょうか」
結城が腰をあげかける。

「いえいえ」
奈々子はあわてて手を振った。


これ以上近くに寄られたら、卒倒するんじゃないかというぐらい、血液が身体中を猛スピードで駆け巡っているようだ。



奈々子は結城の視線に耐えきれず、椅子を引いて、カウンターの下をのぞいた。
さっきは躊躇して入れなかったが、今なら何の迷いもなくカウンター下に潜り込んで招待状を探せそうだ。


膝をついて、カウンター下に頭をいれる。
暗くてわからないが、プリンターの奥の方に手を伸ばしてみた。
しばらく探っているうちに、封筒のようなものが指先にあたった。

「あ、これ」


すると肩を叩かれた。

「そんなにきれいなドレスを着ているのに、汚れてしまいますよ。僕がやりますから」
結城はそういうと、奈々子の腕をとってゆっくりと立たせた。


結城は少し躊躇してから
「失礼します」
と言って、奈々子の膝についた埃を手ではらった。


奈々子を後ろに退かせると、結城はカウンター下に潜り込んだ。
ワイシャツの背中から、肌の感触が透けてみえるような錯覚に陥る。
プリンターを少しどかして、結城が封筒を引っ張りだした。


「これですか?」

「……あ、はい、そうです」
奈々子はあわてて返事をする。

「どうしてこんなところに……」
奈々子は何か言葉をつなげなくてはいけない気がしたが、何をどう話したらいいのか混乱してわからなくなっていた。

「ここにもしかして、封筒を立てかけたりしました?」
カウンター下から出て立ち上がった結城は、カウンターと壁の隙間に指を走らせる。

「ここに溝がありますよ。ここからおちたんじゃないですか?」

「ああ、本当だ。そうですね、きっと」
奈々子は固まったまま、そう答えた。


結城の膝にも埃がついてる。
払ってあげた方がいいか迷っているうちに、結城は自分の手で埃を払った。


「ありがとうございました」
奈々子は後じさりするように、受付から待合室に出た。