しばらくするとまた携帯が震える。
でもゆきは一向に携帯を開こうとしない。


誰かを意図的に無視してるんだろうか。


そのうち恐ろしいことに、ほぼ一分おきに着信が鳴りだした。
ゆきはさすがに顔をしかめる。


「ごめんなさい。電源切っておきますね」
ゆきは鞄から携帯を取り出す。

「どうしたの?」
拓海はただならぬ着信攻撃に、不安を覚えた。

「ううん。大丈夫」
ゆきは笑顔で携帯の電源を切ろうとした。

「誰から?」

「えっと……」
ゆきは困ったような顔をする。

「嫌がらせ?」
拓海は心配でそう訊ねた。

「……たぶん」

「誰なの?」


そこに料理が運ばれてくる。
チキンのロースト。
おいしそうな香りがするが、ゆきの顔が晴れないので、料理に集中できない。


「元カレです」
ゆきが自分を恥じるように言った。

「つきまとわれてるの? 着拒否すればいいのに」

「番号変えても、メアド変えても、必ずばれちゃうんです。だからもうあきらめちゃって」
ゆきが情けなさそうに笑う。

「誰かに相談した? 警察とか」

「警察とかは、まだ。なんか大げさになっちゃうし」

「でも、何があるかわかんないから」
拓海はゆきの暢気さに、少しいらだつ。


とりかえしのつかないことは、いつだって起こりうる。


「まだ住所はばれてないと思います。前住んでたところでは、郵便物を開封されたり、待ち伏せされたりしてたので、就職を機に引っ越したんです。っていうか、そんな話し、つまんないですよ。大丈夫ですって」

ゆきは明るく笑うと、携帯をバッグにしまった。
「食べましょ。おいしそう!」


拓海はうなずいて、フォークを手に取る。
けれど頭が切り替えられない。
恐ろしいことがおこるのではないかと、足下から不安が這い上がってくる。


「拓海先生?」
ゆきが顔を覗き込んだ。

「うん?」


「大丈夫。世の中、そうそう悪いことおこりませんから。ね」

ゆきが言った。