最後の段ボールにガムテープで封をする。
それからマジックで「寝室」と大きく書いた。
部屋を見回す。
ベランダに通じる窓の外には、都心の高層ビルが見える。
冬の近い秋。
風の音が聞こえた。
作り付けのクローゼットにも、ベッド下の収納にも、もう何も入っていない。
そのかわり部屋を埋めるように段ボールが置かれていた。
ベッドの上の寝具はそのままだ。
持っていってもしまう場所がない。
ポケットから携帯を取り出すと時間を確認する。
朝八時。
もうすぐ引っ越しのトラックが来る。
本当に長い時間をここで過ごした。
この場所がなかったら、拓海はきっと死んでいた。
部屋を出ると、結城がキッチンに立っているのが見える。
インスタントコーヒーの粉をカップに入れていた。
「飲む?」
結城は拓海を見ると、そう訊る。
「うん」
拓海は頷いた。
コーヒーの香りが漂う。
「ブラック?」
「うん」
拓海は再び頷いた。
片付けたのは自分の部屋だけれど、なぜかリビングもキッチンも、やたらに広く感じる。
結城はこの広い部屋で明日からも暮らしていくのだ。
キッチンのカウンター越しにカップを受け取る。
暖かい湯気が昇るのが見えた。
二人はそのままリビングのソファに座る。
開け放たれたカーテンの向こうに、青空が見えた。
本当に真っ青で、美しい。
黒い鳥が一羽、飛んで行く。
「晴れてよかったな」
結城がカップに口をつけながらそう言った。
「うん」
しばらく無言でコーヒーを飲む。
暖かさが身体の真ん中を通って行った。
「引っ越しのトラック何時だっけ?」
結城が口をひらく。
「十時」
「ゆきさん来るのか?」
「いや、身重だし、向こうで待ってる」
「そうか……」
「奈々子さんは?」
一人になる結城が気になって、拓海はそう訊ねた。
「挨拶しにくるって言ってたよ」
「そっか」
「なんか食べる?」
結城が訊ねた。
「いやいいよ」
拓海がそう答えると、再び沈黙が二人の間に流れる。