新幹線が静かに動き出す。
奈々子はシートにもたれかかり、ぼんやりと窓の外を見ていた。
秋晴れの空。
雲は少ない。
日差しのあたる窓はほのかに暖かい。
奈々子は指で窓を触り、それからため息をついた。
火曜日、結城はいつもの通りに診療所に来た。
結城の横顔は少し緊張していた。
奈々子は泣きはらした目をみられぬよう、始終うつむいていた。
案の定珠美が「どうしたの?」と訊ねて来たが、奈々子は「なんでもない」と知らぬふりを決めた。
絶対に誰にも話せない内容だから。
土曜日の診療をお休みさせてもらった。
珠美は「いいよ。借りがあるし」と快く了承してくれた。
かず子先生も、特に何も聞かず「いいわよ」と言ってくれた。
こういう時、まるで家族のような職場の人たちを、ありがたいと思う。
新幹線はビルの間を抜けて行く。
徐々にスピードを上げる。
ついこの間、結城とこの列車に乗った。
シートに隠れて、結城は奈々子にキスをした。
全部夢のようだった。
そして本当に夢だった。
一泊二日で実家に帰る。
短い滞在だけれど、自分には必要な気がした。
母の手料理が恋しかった。
弟の減らず口を聞きたかった。
そして父の側で、その暖かさを感じたい、そう思った。
「僕はもう一生、他の女性と関係を持ったりしない。そんな必要ない。約束できる」
愛してもいない女性と一生過ごすという約束をするほど、結城は拓海を愛している。
今奈々子が結城と離れてしまったら、拓海は結城の元を去ることができなくなるから。
奈々子が必要なのだ。
窓の外には住宅街と、緑の木々。
郊外に行くほど田畑が増えて行く。
奈々子は鞄から携帯を取り出した。
結城から連絡はない。
奈々子からの返事を待っているのだろう。
もし奈々子が何も聞かなかったことにすれば、結城は奈々子に夢を見せ続けるに違いない。
それは甘くて、
優しくて、
幸せだけど。
「本当は誰を愛してるの?」
と聞いてはいけない。
そんな夢。