木製の引き戸を開くと、ゆったりとした音楽が流れる。
カウンターの奥にはたくさんのリキュールが並び、すっきりとした面立ちの四十代女性がカクテルを作っていた。
その女性は引き戸が開く音で顔をあげ、拓海の顔を見る。
それから「久しぶり」と笑顔を見せた。
二十畳ほどのフロアに、背の高いテーブルが三つほど。
壁際にはカーテンで仕切られたソファ席がある。
深夜にも関わらず、店内は混んでいた。
客層は二十代から四十代までぐらい。
店内が暗いせいか、皆顔を寄せ合って話している。
拓海はカウンターに行くと「久しぶり」と言った。
「いつぶり?」
バーテンダーはグラスに氷を入れながら訊ねた。
「半年ぐらい来てない」
「どうしたの?」
髪をきゅっと結び、つるりとした額が印象的な女性だ。
「就職したから」
「そうなの? 拓海くん何も言わないから知らなかった。何飲む?」
「強いのがいい」
拓海がそう言うと、バーテンダーはにこっと笑い「OK」と言って作り出した。
「霞さんが寂しがってたよ。今日も来てる。ほら、あそこ」
と、右奥のソファー席を指差した。
「そう?」
拓海は出されたグラスに口をつけた。
確かにアルコールは強い。
でも拓海の好みの味だ。
拓海はグラスを手にすると、ソファ席へと近づく。
座席を覗き込むように、身体をかがめた。
「ここ、いい?」
「拓海くんだ。久しぶり」
霞は拓海の顔を見ると、笑顔を見せた。
二人がけのソファーが二つコーナーになるように置かれている。
もう一つのソファにも女性が一人座っていたが、霞が「いい?」と言うと、ショートヘアのその女性は頷いて席を立った。
拓海は革張りのソファーに腰掛ける。
「もうここには来ないのかと思ってた」
霞は足を組み替えながら言う。
「来ないつもりだったけど、気が変わったんだ」
拓海はグラスに口を付けてそう答えた。
霞はおそらく拓海より少し年上だ。
長い黒髪。
きれいな顔立ち。
丈の長いクリーム色のサマーニットの下に、黒のタイトスカートを履いている。
パンプスは赤。
「拓海くんが来ないから、浮気しちゃった」
霞が笑う。
「今の人?」
拓海は席を立った女性をちらりと見る。
「そう」
「邪魔しちゃった。ごめん」
「いいのいいの。拓海くんは私の特別なんだから」
霞はそう言うと身体をのばして拓海の髪を触る。
拓海は再びアルコールを口に含む。
ほんのりと甘い中に、舌をじわりと苦みが刺激する。
身体中を駆け巡る血液の音が、耳の中に響き始めた。
現実から乖離していく。
霞は自分の髪をかきあげ、拓海の隣に移動した。
太ももが、拓海の手に触れる。
「もう十二時。何しに来たの?」
霞がささやく。
「眠れなくて」
「私も。一人で寝るとシーツが冷たい」
「彼女を一人にしていいの?」
拓海は訊ねた。
「今夜はね。あの子もきっと誰かを探す。みんな一人じゃ眠れないから」
「行こう」
拓海は霞の手を引き、店を出た。