「そろそろ拓海が帰ってくるかも」
奈々子の膝の上に頭をのせていた結城がそう言った。


奈々子は壁に寄りかかり、結城の髪を触る。
髪はつやつやで、指の間から流れていく。


結城は仰向けになり、奈々子の顔に裸の腕をのばす。
頬を指でさわり、耳をつまんだ。


昨晩の余韻が身体に残っている。
抱かれるたびに結城という人物がはっきりと見えてくる。


繊細で、寂しがりや。
軽口をたたくのは、自信のない自分を隠すため。



結城は奈々子のキャミソールを引っ張った。

「脱いで」

「拓海さん帰ってくるんでしょう?」

「うん、多分」
結城が言った。


日曜日の午前中。
九月に入ったが、依然として暑い日が続いていた。
冷房の設定温度は二十六度。
冷たい風が腕に心地よい。


シンプルな部屋だ。
結城の部屋に入るのは、これで二度目。
カレンダーもポスターもない。
デジタル時計だけがベッドサイドに置かれている。


「じゃあ、帰るね」
奈々子はベッドから立とうとした。

「なんで?」

「だって拓海さんが帰って来て私がいたら、リラックスできないもの」

「大丈夫だよ。あいつすぐ寝る」

「それでも他人がいるのは、気を使うものだし。私は帰った方がいいと思う」

「外じゃ、こんな風にできないよ」
結城が口を尖らした。

「そうだね。仕方ないよ」

「冷たいな。じゃあ奈々子のうちにいく」

「ええ!? 掃除するから、一時間外で待っててくれる?」

「一時間も? やだやだやだ」
結城が言う
「やっぱり、ここにいる」

「駄目だってば」
奈々子は呆れて笑いだした。

本当に子供のようだ。

「支度しなくちゃ」
奈々子はベッドの足下に置いてあるキャメル色のバッグに手を伸ばす。


すると結城が素早く起き上がり、バッグを先に奪う。

「支度させないよ」
結城は背中にバッグを隠した。

「返してよ」

「駄目」


奈々子は結城の後ろ側に手を伸ばすが、あっけなく結城に捕まってしまった。
結城は奈々子の腕をつかみ、動けなくする。

「ねえ、拓海さん帰って来ちゃう」

「そうかも」

結城が奈々子の唇にキスをする。
思わず奈々子もキスに応える。

「もっとしたいでしょ?」
結城が奈々子の目を覗き込み、訊ねる。

「うん……」
奈々子はそうつぶやいたが
「やっぱり駄目」
と顔を背けた。

「このっ」
結城が奈々子の脇をくすぐりだした。

「やめて。ダメダメ」
奈々子は笑いすぎて苦しくなる。
結城の肩を手のひらで叩いた。

「いてて。やめろよ」
結城は笑いながらくすぐるのをやめた。

「じゃあ、外で一緒にごはん食べよ」
結城が頬にキスをして言う。

「うん」
奈々子はうなずいた。