普通列車が来て、通り過ぎる。
また列車が来て、通り過ぎる。

拓海の前を、いくつもの列車が通過した。

「陽性」

ゆきが妊娠したということだ。
充分に気をつけていたつもりだ。
避妊はしていた。

でも……。
拓海には覚えていない夜がある。
あの時、避妊してなかったら。


列車が通過する。
振動で拓海の座るベンチが揺れた。
カップが手から落ちる。
拓海は手を握りしめた。


選択肢は二つ。
産むか。
殺すか。

拓海はそう考えてから、叫びだしたい衝動にかられる。

殺すなんてできっこない。
殺すなんて、そんな恐ろしいこと。
じゃあ、ゆきは産むのか?
その子供は拓海の子供だ。


拓海は頭を振る。
産めるはずがない。
無理だそんなの。

じゃあ、子供を殺すしかないんだ。


すでに血だらけの自分に、新しい血がふりそそぐ。
ぬぐっても、ぬぐっても、拭いきれない。
全身からむっとするような血の匂いがする。


拓海は立ち上がり、ホームに滑り込んで来た電車に乗り込む。
よろめくように端の席に座った。
両手を組み合わせて、震えだそうとするのを懸命に止める。


鈴音に会いたかった。
彼女が現れてくれたら、すべてが解決するのに。
運命の巡り合わせを。
魂の輪廻を。

彼女をずっと愛し続けることを、証明できるのに。


とにかくシェルターに帰ろう。
拓海は思う。
あの場所は拓海の世界を守ってくれる。


拓海は身を縮めて、この恐ろしい現実をやり過ごそうとした。