焼肉店から出てくると、夜空には星が見えた。
涼しい風が吹いている。寒いくらいだ。


ゆきの希望通り、夜は焼き肉を食べることになった。
そして拓海が案じていたように、再びゆきは食べ過ぎて

「胸がむかむかする」

と言いだした。


「どうして止めらんないの?」
拓海は呆れてゆきを見る。

「本能のおもむくままに」
ゆきは自分でも呆れているのか、冗談めかしてそう言った。

「家に胃薬ある?」

「はい」

「じゃあ、帰って飲もう」

「はい」
ゆきは素直に頷いた。

「今日、拓海先生は帰りますか?」

「具合が悪そうだから……そうしようかな」


「あと何回、こんな風に週末をすごせるかな」
ゆきが言った。


「そろそろって考えてますよね」


拓海は立ち止まる。


「わかるの?」

「うすうす」
ゆきが笑う。

「ごめん」
拓海は思わずそう言った。

「謝らないで、先生。わかってて、一緒にいたんだから。でも、予想してたよりも早かったな」

「ゆき先生……」

「拓海先生は、思った以上にいい人だった」
ゆきが目をこする。泣いているのかもしれない。

「俺は駄目なやつだ。結局、傷つけた」

ゆきは首を振る。

「先生、今夜は一緒に過ごしてください。これで最後だから。側にいてくれるだけでいい」


ゆきが拓海の腕に手を触れる。
拓海はゆきを抱きしめ、目を閉じる。

そして懸命に、彼女の香りを、彼女の柔らかさを、記憶にとどめようとした。


その夜は彼女を抱いても切なさだけが溢れ出て、うまく最後までいくことができなかった。
彼女もそれを分かってか、ベッドのなかで二人で抱きしめ合うだけでも、何も言わなかった。


ベッドサイドのアナログ時計が、ちくちくちくと時を刻む。

拓海は眠れない。
彼女にぴったりと身体をつけ、肌の暖かさを感じている。


時は過ぎる。
否応無しに。
どんなにこの瞬間を永遠にとどめたいと思っても、時間は過ぎて行く。


こんなに苦しい思いをして、彼女と離れなくてはならないのか。
結城が「今は無理」と言ったのが、よくわかる。
胸を引き裂かれる思いに耐え、これから毎日を過ごして行くのだろうか。


もしあのとき鈴音が「また会える」と言わなかったら、拓海はすべてをあきらめて、ゆきと一緒に生きていこうとするだろうか。

もし拓海に人の光を見ることができるという不思議な力がなかったら、ゆきを運命の人だと思うだろうか。


ゆきの髪をなでる。
彼女は眠ったのか。

多分、寝た振りをしている。

太陽が昇り始め、カーテン越しに部屋が明るくなり始める。


ゆきはおそらく笑顔で「さよなら」と言うだろう。
拓海は笑顔で言える自信がない。

拓海はアナログ時計を確認する。

午前六時。
とうとう夜が明けてしまった。