今週末から九月に入る。
ゆきは不動産屋で新しい家の鍵をもらった。
ゆきの首の跡が黒ずんで見える。
痛々しい。
幼稚園には正直に全部話した。
元カレからの連絡はない。
警察に連絡することは、ゆきの希望でしていない。
このまま何事もなく終わってくれればいいと、拓海は心からそう思った。
まだまだ暑い。
空を見上げそう思った。
蝉も相変わらずうるさいし、空は真っ青で高い。
デニムにプリントシャツ、平たいサンダルというラフな格好で、ゆきはうれしそうに鍵を見つめる。
駅からは少し遠いけれど、新しくてきれいなアパート。
幼稚園のある駅から二つ。
「自転車が欲しいな」
ゆきが言う。
「自転車で通えちゃう」
アパートの前にはすでに引っ越し業者の小型トラックが止まっていた。
「ありがとうございます」
ゆきは弾むようにトラックに走りよった。
アパートの二階。
真ん中の部屋。
コンクリートの外階段を上る。
鍵を開けると、新しい匂いがした。
六畳一間のワンルーム。
作り付けのクローゼットがある。
以前の部屋よりも太陽が入って明るい。
トイレとバスルームは一緒だし、エアコンはついていなかった。
そこが残念だったけれど、これ以上の家賃は出せそうになかった。
若い二人の引っ越し業者が、荷物を運び込んだ。
あっという間にワンルームは満杯になる。
一人暮らしの荷物はそれほど多くない。
作業終了のサインをして、引っ越しは無事終了した。
「荷物が入る前に、お掃除すればよかった」
ゆきが腕をくんで、溜息をついた。
「しょうがないよ。とにかく荷物ほどいちゃおう」
拓海は言った。
二人は汗をかきながら荷物をとく。
これも二人でするとあっという間に終わってしまった。
「思ったより、早く終わりましたね」
ゆきが言う
「拓海先生が手伝ってくれたから。ありがとうございます」
「うん」
拓海は頷いた。
冷蔵庫の電源を入れる。
ブウンという音がした。
「アイスとジュース買って来て、中に入れましょうよ」
ゆきがうれしそうにいった。
「他のものはいいの? お肉とか野菜とか」
「それは、そのうちに」
ゆきがにこっと笑った。