十分ほど歩き、町工場と一軒屋が隣り合わせの細い路地を抜けると、奈々子のアパートの前にでる。
今日の夜気は冷たい。
半袖の奈々子は手で腕をさする。
結城はそれをちらっと見たが、そのまま何もせずに並んで歩いた。
前ならすぐに肩を抱いて来ただろうに。
さっきの子を警戒してるのだろうか。
ブラウンタイルの外壁の、比較的あたらしいアパート。
都内には珍しく車を置くスペースが二台分あり、その横には自転車置き場があった。
二階建ての二階、向かって右端の部屋だ。
「このあたり、暗いね」
結城が言う。
「そうですね……治安はそんなに悪くないと思うんですけど」
階段の下で
「送っていただいて、ありがとうございました」
と言った。
「おやすみ。明日のことは、明日の朝連絡でいい?」
「はい」
奈々子は名残惜しい気持ちを隠して、手を振った
「おやすみなさい」
結城は背を向け、来た道を帰っていく。
ほっとしたような、がっかりしたような。
奈々子は小さく溜息をついて、階段を上ろうとした。
すると後ろから
「俺たちは、どういう関係?」
と声がした。
振り向くと結城がポケットに手を入れて、奈々子を見ていた。
「あ、あの……どうでしょう」
奈々子はうまく返事をできずそう答えた。
「さっきの子には友達って言ってたけど」
結城が言う。
「そうですね」
奈々子が言った。
「なんで彼氏と別れたの?」
「それは……うまく説明できません」
「俺が怒ったから?」
「そうかもしれません」
「俺がもし、あのとき何も言わなかったら、別れなかった?」
「もしかしたら」
「はっきりしないな」
「須賀さんも、わからないって言ってたじゃないですか。わたしもわからないんです」
「俺のことは好きじゃないって、言ってたよね。最初に」
「はあ、まあ」
「好きじゃない人とは、キスしないって言ってた」
「……そうですね」
「じゃあ、なんで、あの日、俺のマンションの近くまで来たの?」
奈々子は黙り込む。
追いつめるような言い方だ。
「なんで、俺とキスできたの?」
結城が近寄る。
奈々子は思わず身構えた。
「あの子がまだいるかも」
「いないよ。帰った。話をそらすなよ。なんでキスしたの?」
「じゃあ、須賀さんはなんで、私とキスしたんですか?」
「質問に質問で返すのは、ずるい」
「だって……なんだか……」
「気持ちが聞きたいんだ」
「須賀さんの気持ちも、聞いてません」
「俺は言わない」
「ずるくありません?」
結城が奈々子の腰に手を回した。
「奈々子さんの気持ちを聞いたら言う」
「うそでしょう?」
「ほんとう。それで?」
結城は奈々子の顔を見つめる。
「こ、こういうのは、問いつめられて言うもんじゃないんです」
「だって、ずっと言わないじゃん」
「須賀さんだって言わない」
「なんだよ。強情だな」
結城は奈々子にキスをする。
奈々子の身体が痺れてくる。
奈々子は両腕を結城の首に廻した。
重なる吐息。
奈々子は気を失いそうになる。
身体に力が入らない。
「……好き?」
結城が唇をあわせながら、訊ねた。
「……うん。好き……」
息があがる。
「俺も……好き」
結城はそう言うと、さらに強く奈々子を抱きしめ、長いキスをした。